旧北区東部のゴマシジミ属
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概要
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ゴマシジミ属Maculinea van Eecke, 1915は旧北区の北よりの温帯地域に産し,ヨーロッパでは古くから4種が知られていたが,最近幼虫期の知見によって5種に区別されるようになった.すなわち, M. alcon ([Denis & Schiffermuller], 1775); M. rebeli (Hirschke, 1904)(従来alconと混同され,成虫外部形態ではこれと差がなく,幼生期および共生するアリの種類で区別され,どちらかというと標高の高いところから記録されている); M. arion (Linnaeus, 1758)ゴウザンゴマシジミ; M. nausithous (Bergstrasser, [1779])(=arcas Rottenburg, 1775)およびM. teleius (Bergstrasser, [1779])ゴマシジミがそれである. 1970年代にM. arionがイギリスで最後の唯一の産地で絶滅してから, Maculinea属のチョウはすべて,幼生期に特定のアリの巣に入って肉食となる,というその特異な生活史によってヨーロッパではしばしば最も絶滅の危険の高いグループとされ,自然保護者の関心をあつめて一般の注目をあびてきた.日本でもMaculineaの2種M. arionides (Staudinger, 1887)オオゴマシジミとM. teleius (Bergstrasser, [1779])ゴマシジミはともに幼虫がアリの巣に入ることで注目されており,近年その生存がおびやかされてはいるが,他のいくつかのシジミチョウほどには絶滅の危険が高いとはされてこなかった.このたび沿海州で柴谷が採集した1♂が,ゴマシジミに近似しているために,従来大部分はこれと混同されてきた別種であることがわかり,また他にも未記載の類位が朝鮮半島北部に産することがわかったため,ここに東アジア,主として北朝鮮,沿海州,中国東北(部分的にはモンゴルと中国中西部をも含む)のゴマシジミ属の総説を書くことにした.これは従来この属の♂♀交尾器や発香鱗が系統的に調べられていなかったので,それらの分類学的な価値や意味を検討しておくことが新類位の記載に必要となったためである。以下に東アジア産のゴマシジミ属の分類・分布をまとめておく. 1.Maculinea alcon([Denis et Schiffermuller],1775) 1A. M. alcon kondakovi (Kurentzov,1970), comb. nov.中国東北,沿海州,おそらくモンゴル(未検).きわめて稀.ヨーロッパの原亜種に比べて裏面が淡色である. 1B. M. alcon arirang subsp. nov.朝鮮半島北部,白頭山南方の山地. 1Aよりも標高の高いところでえられている.ひょっとすると独立種かもしれないが,生活史の解明をまって検討すればよいだろう.小型で裏面前翅翅頂に近い外横線上の3点が直線上に並び,そのいちばん下のものが外縁に近く位置することに特徴がある. 2. Maculinea arion (Linnaeus, 1758)ゴウザンゴマシジミ 2A. M. arion ussuriensis(Sheljuzhko,1928).沿海州(未検),アムール河上流(未検),朝鮮半島北部.大型,♀は表面青味をおびず褐色無紋. 2B. M. arion philidor (Fruhstorfer,1915)モンゴル,中国甘粛省西北(祁連山脈東端).やや小型,♀に青色部が半ば出ることが多い.後翅裏面は青緑色の鱗粉がよく発達し,しぼしば亜外部に達する.斑紋は大きくてよく発達している. 2C. M. arion xiaheana (Murayama,1991), stat. nov.中国甘粛省西部夏河(約3,000m).♂表面青色はひろく外縁に達するが,輝きは弱い.小型のものが多く,表裏面とも外横紋列は小形化しまたは消失する.後翅裏面の青緑色は通常強く発達.♀表面青色部は前翅基半に限られる. 2D. M. arion inferna nom. nov. Lycaena arion tatsienluica Oberthur, 1910 (先取りされ無効)の代替名.旧チベットすなわち現四川省西部,青海省東部(2,700m付近).前亜種に似るが,大型で♂の青色は輝きが強い.♀では青色部は後翅表面基半よりもやや外側までひろがり,外横紋列を強くあらわす.ひょっとすると, xiaheaneの主観的シノニムになるかもしれないがtatsienluicaのタイプ未見のため今回は暫定的措置にとどめた.亜種2B, C, DはBalint (1990)によってarionから離して独立種として扱われたcyanecula (Eversmann, 1848)群にはいる.その特徴は後翅裏面の青緑色がひろがっていることと,乾燥地帯に生息することである.甘粛省の産地の記録は農作地帯で,かならずしもこれは乾燥地帯ではないようであるが,生活史の解明が望まれる. 3. Maculinea arionides (Staudinger, 1887) 3A. M. arionides arionides (Staudinger, 1887)アムール河中部,中国東北,沿海州,朝鮮半島北部,チベット.♂のるり色の部分の広い大型の美しい亜種. 3B. M. arionides takamukui (Matsumura, 1919)北海道,本州.やや小型で,♂表面外縁沿いの黒縁の幅が広い. 4. Maculinea kurentzovi sp. nov.チタ,沿海州,中国東北,朝鮮半島北部.裏面前翅中室内の黒点の並び方,前翅CuA_2-1A+2A室の外横線黒斑が大きく印されていることと,前後翅のCuA_1-CuA_2室の紋が,一般のMaculinea各種のように基方にずれていることで,teleiusから区別される.♂交尾器もteleius型でよく似ているが,♂の発香鱗をまったく欠くという顕著な特徴をもつ. 5. Maculinea teleius (Bergstrasser, [1779] 1778-1790)ゴマシジミ 5A. M. teleius euphemia (Staudinger, 1887)沿海州,中国東北,朝鮮半島,中国北京,河南省,それから内陸部にかけてシベリア,モンゴルにも分布するが,別亜種かもしれない.表面地色が黒いものから青いものまで変異が多いが,裏面外横線の黒紋列はときに非常に大きくなる.各地の亜種区別の有無は定かでない. 5B. M. teleius sinalcon (Murayama, 1992), stat. nov.中国青海省東部.表面♂♀ともに暗色.裏面外横線の紋列はしばしばMaculineaの一般的配列に従いCuA_1-CuA_2の紋が基方にずれるが,中間型もある.もともと独立種とされたが♂交尾器の特徴はteleiusと変わらない.5C-F.日本の諸亜種を充当した. Maculineaのアジア大陸産各類位について生活史解明が望まれる.すでに知見のあるのは北朝鮮でのarionidesとteleiusの記録(Park, 1987)のみである.
- 1994-02-28
著者
-
広渡 俊哉
Entomological laboratory, Graduate School of life & Environmental Sciences, Osaka Prefecture Univers
-
広渡 俊哉
Entomological Laboratory Graduate School Of Life And Environment Sciences Osaka Prefecture Universit
-
柴谷 篤弘
Kyoto Seika University
-
三枝 豊平
Biological Laboratory, College of General Education, Kyushu University
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広渡 俊哉
Entomological Laboratory College Of Agriculture Osaka Prefecture University
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