Nacaduba属(鱗翅目,シジミチョウ科)における雌交尾器の形態と分類学的重要性
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概要
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Nacaduba属(アマミウラナミシジミ属)は東洋区からオーストラリア区にかけて広く分布し約40種が含まれる.本属は翅の班紋・雄交尾器の形態が非常に多様で従来本属を明確に定義するような形質が認められていなかったが,雌交尾器特に内部生殖器の形態が非常に特異でしかも均一であり,本属はこれによって特徴づけられる顕著な自然群であることが推定された.FRUHSTORFER(1916)およびSEITZ(1923)は翅表の光沢が鈍く暗青色で裏面に平行条を具有する種に対してNacadubaの属名を与えていたが,TOXOPEUS(1929)はジャワ産の種において従来のNacaduba属の中からInolyce, Catopyrops, Petrelaeaの各属を新設し本属を5属(Nacaduba, Prosotas, Inolyce, Catopyrops, Petrelaea)に分割した.CORBET(1938)はマレーシア産のNacaduba属およびその近縁属の再検討の中で大部分TOXOPEUSの体系に従ったが,TOXOPEUSがProsotas属(ヒメウラナミシジミ属)として扱った種の翅脈はNacaduba属のものと区別できないという理由でProsotas属をNacaduba属の2種群(pavana群,berenice群)と同等に扱い,Nacaduba属の中に含めて1種群(nora群)とした.しかしTITE(1963)はNacadubaおよびその近縁属の総合的な研究を行い,翅脈の形質すなわち前翅第11脈と第12脈が癒合する状態は個体によっても変異が認められるので属を定義するのに適した形質ではないと考えた.またCORBETのnora群に含まれる種の雄交尾器には末端部が背方に起立する突起で終わる一様に単純なvalvaとaedeagusの腹面に特異な舌状突起が認められることから,nora群は近縁な種で構成される自然群であるとしてTOXOPEUSの体系に従いnora群を再度Prosotas属として属に昇格させた.現在ではTITEによって再確認されたTOXOPEUSの体系が一般的に受け入れられているが,TITEはNacaduba属を除く近縁各属を明確に定義してはいるものの,本属に関しては雄交尾器の形態が非常に多様で明らかにいくつかの種群が認められるということを述べただけで本属全体をまとめるような形質は何も示していない,また,従来Nacaduba属およびその近縁属の研究の中で分類学的形質として翅脈,斑紋,発香鱗,雄交尾器などが用いられてきたが雌交尾器の形態から得られる形質は全く用いられていなかった,今回マレーシアを中心とした地域のNacaduba属およびその近縁属の雌交尾器の形態を比較検討した結果,本属の雌交尾器はヒメシジミ亜科の中でも非常に特異であり,本属を定義する上で,あるいは本属の単系統性を考察する上で重要な形質になるのではないかと考えた.本稿ではNacaduba属のpavana群(前翅裏面基部の条線を欠く)からangusta, pactolus, pendleburyi, pavanaの4種,berenice群(前翅裏面基部の条線を有する)からberoe, calauria, kurava, bereniceの4種および近縁属としてTITEが扱った属からProsotas nora, Petrelaea bana, Ionolyce helicon, Catopyrops ancyraの4属4種の雌交尾器を図示し,比較検討した.ヒメシジミ亜科では,Nacaduba属を除いて一般的に(i)ductus bursae(交尾管)は細長く,(ii)corpus bursae(交尾のう)は長楕円形あるいは水滴状,(iii)ductus seminalis(受精管)は一貫して細く,ductus bursaeの交尾口に近い後端部背面に開口する.Prosotas nora (Fig.1B)では他の3属と異なりductus seminalisがductus bursaeへの開口部付近でやや太くなる.このような状態は同属のP.pia, P.nelidesにも認められた.Petrelaea dana(Fig.2A), Catopyrops ancyra(Fig.2B)およびIonolyce helicon(Fig.2C)では特に交尾口周辺のgenital plate(交尾板)の構造に明瞭な差異が認められるが,内部生殖器の基本的な構造および形態はP.noraを含めて上記の(i)-(iii)の特徴を満たすものであり,ヒメシジミ亜科の一般的なタイプであるといえる,これに対して今回調べたNacaduba属8種では以下の特徴をもつことが明らかになった.すなわち,(i)ductus bursaeは比較的短く,(ii)corpus bursaeは球状かそれに近い形で,(iii)ductus seminalisは交尾口から前方へやや離れた位置に開口し,開口部へ向かうに従って次第に太くなる.また,(iv)signaは通常1対のよく発達した鉤状突起となる.Pavana群(Fig.1,Fig.3)ではpactolusがやや特異でductus seminalisは開口部付近で著しく太くなり,corpus bursaeは後方基部が側方に張り出す.他の3種angusta, pendleburyi, pavanaではductus seminalisは開口部付近でpactolusほどには太くならず,corpus bursaeはほぼ球状である.Berenice群(Fig.4)ではcalauriaがかなり特異である.すなわち,corpus bursaeは後方基部でほとんどくびれず,ductus bursaeとの境界が不明瞭でbursa copulatrix全体が楕円形に近くなる.また,beroe, kurava, bereniceではductus seminalisが背方から円を描くように徐々に太くなりながらductus bursaeにつながるのに対して,calauriaではcorpus bursaeの背方基部に急に太くなって開口する.以上に示したように,今回調べたNacaduba属8種の雌交尾器の形態はある程度の種間差が認められるものの,ヒメシジミ亜科の一般的なタイプから見れば極めて特異であり,しかも斑紋による種群の違いや雄交尾器の形態の顕著な差異にもかかわらず上記(i)-(iv)の特徴をもつことから,本属の単系統性は非常に高いものであると推定される.今後さらに多くの種を検討する必要があるが,おそらく上記の雌交尾器の特徴は本属を定義する上でもっとも重要な形質になりうると考える.
- 1986-06-20
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