日本産マガリガ科(鱗翅目)の分布記録と生物学的知見
スポンサーリンク
概要
- 論文の詳細を見る
マガリガ科は,全世界に分布し,11属約100種が記載されている.Issiki(1957),Nielsen(1981,1982),Okamoto&Hirowatari(2000),奥(2003)などの研究により,日本産マガリガ科は現在12種が知られる.マガリガ科の幼虫は寄主植物の葉などを円形からだ円形に切り取ってポータブルケースを作り,寄主植物についても比較的よく知られているが,数種については寄主植物が不明のままだった.本稿では日本産マガリガ科に3新記録種を追加し,数種について寄主植物を含む生態を明らかにするとともに,頭部,翅脈,雌の第7腹節,雌雄交尾器を図示した.また,雌雄交尾器が未知あるいは記載が不十分だったものについては記載を行った.以下に,日本産マガリガ科15種の特徴,分布,寄主植物などの概要を示す.1.Phylloporia bistrigella(Haworth,1828)ヒメフタオビマガリガ(新称)(日本新記録)小型(開張8-9mm).前翅は金色の光沢がある黄褐色で,2本の細い銀白色の帯をもつ.Kuprijanov(1992)はPhylloporia属をヒゲナガガ科に含めたが,本稿ではマガリガ科として扱った.分布:北海道,本州;ヨーロッパ,北米.寄主植物:日本では不明.ヨーロッパではシダレカンバ(シダレカバノキ)やヨーロッパシラカンバ(カバノキ科)などが知られている.2.Vespina nielseni Kozlov,1987ホソバネマガリガ小型(開張8-11mm)で,前翅は細長く,茶褐色から黄褐色.後翅は細くやり状で縁毛が長い.分布:北海道,本州,四国,九州;極東ロシア.寄主植物:ナラガシワ,クヌギ,コナラ(ブナ科).本種の幼生期の形態・生態については,Okamoto&Hirowatari(2000)が詳しく記載した.3.Procacitas orientella(Kozlov,1987)ウスキンモンマガリガ中型(開張11.5-15mm).前翅は暗褐色で紫色の光沢をもち,基部1/3に銀白色の帯,前縁に2つ(基部1/2と3/4),肛角付近に1つの細長い銀白色の三角斑をもつ.基部の帯はFig.1Cの個体のように分断することもある.奥(2003)は,岩手県産の標本に基づいて本種を日本から記録した.分布:北海道,本州,四国;ロシア(サハリン,イルクーツク,沿海州),北朝鮮.寄主植物:ベニバナイチヤクソウ(イチヤクソウ科).本種の寄主植物は不明であったが,北海道大学昆虫体系学教室に保管されている標本のラベルデータによって明らかになった.4.Alloclemensia unifasciata Nielsen,1981ヒトスジマガリガ小型(開張7.5-10mm)で,前翅は暗褐色でよわい紫色の光沢をもち,基部1/3に明瞭な黄白色の帯,前縁2/3と肛角付近に三角斑をもつ.分布:北海道,本州,九州.寄主植物:ガマズミ,オオカメノキ(スイカズラ科).寄主植物としてガマズミが知られていたが,オオカメノキを新たに確認した.5.Alloclemensia maculata Nielsen,1981フタモンマガリガ中型から大型(開張12-16.5mm)で,前翅は暗褐色でつよい光沢のある紫から赤銅色を帯び,前縁に不明瞭な黄白色の2小斑をもつ.分布:北海道,本州,四国,九州.寄主植物:オオカメノキ(スイカズラ科).本種の寄主植物は不明だったが,飼育によりオオカメノキを利用することがわかった.6.Excurvaria praelatella([Denis&Schiffermuller],1775)タカネマガリガ(新称)(日本新記録)中型(開張10.5mm).前翅は褐色から暗褐色でやや紫色を帯び,基部1/3に細い白線,後縁の肛角付近に三角斑,前縁の基部3/4に三角斑をもつ.分布:北海道;ヨーロッパ,ロシア.国内では,日高山系の幌尻岳でのみ採集されている.寄主植物:日本では不明.ヨーロッパでは,バラ科のイチゴ類やキンミズヒキ属,ハゴロモグサ属,シモツケソウ属,ダイコンソウ属,キイチゴ属などが知られる.7.Paraclemensia caerulea(Issiki,1957)ムラサキツヤマガリガ中型(開張9-12.5mm).頭部は燈黄色,前翅は茶褐色で光沢のある紫から赤銅色を帯びる.分布:本州,四国,九州.寄主植物:コバノミツバツツジ(ツツジ科).那須(私信)は,本種の♀が1994年5月21日に滋賀県御在所岳でアカヤシオ(ゴヨウツツジ)に産卵するのを観察した.8.Paraclemensia viridis Nielsen,1982イヌシデマガリガ(新称)小型(開張10-14mm).頭頂は橙黄色,顔面は淡黄色.前翅は,黒褐色で緑色の光沢をもつ.分布:九州(福岡県).英彦山産のホロタイプ(♀)と同地産の2♀のみが知られる.寄主植物:イヌシデ(カバノキ科).Nielsen(1982)は黒子浩博士採集・飼育のタイプシリーズのラベルデータより,本種の寄主植物をCarpinus sp.として記録した.しかし,ホロタイプとパラタイプには日本語で「イヌシデ」のラベルがつけられおり,本稿であらためて本種の寄主として示した.9.Paraclemensia oligospina Nielsen,1982クリヒメマガリガ(新称)小型(開張9.5-11.5mm).頭頂は黒褐色,顔面は黒褐色から黄褐色で,顔面上部に淡黄色の鱗毛をもつ.前翅は,黒褐色で暗緑色の光沢をもつ.分布:本州,九州.ホロタイプ(♂)1個体(福岡県英彦山産)しか知られていなかったが,複数の♂と♀を大阪府,奈良県から記録した.大阪府和泉葛城山の山頂付近では,2002年4月下旬に成虫がコナラの花の周辺を飛翔していた.寄主植物:クリ(ブナ科).10.Paraclemensia cyanea Nielsen,1982ヒメアオマガリガ(新称)小型(開張12mm).頭頂と顔面は黒色で,触角のソケット間に淡黄色毛をもつ.前翅は黒褐色で,青色の金属光沢をもつ.分布:本州(長野県).茅野市美濃戸産のホロタイプ(♀)のみが知られ,その後追加標本は得られていない.寄主植物:不明.Nielsen(1982)は,本種の寄主植物についてまったく情報がないとしている.しかし,本種のホロタイプには採集者の黒子浩博士によって「シラカバに産卵中」という日本語メモ付けられていることから,寄主植物がシラカバである可能性が高い.11.Paraclemensia incerta(Christoph,1882)クロツヤマガリガ中型(開張9-12.5mm).頭頂は黒褐色で中央に黄色毛をもち,顔面は淡黄色.前翅は光沢のある黒褐色.分布:北海道,本州,四国,九州;ロシア.寄主植物:カエデ属(カエデ科),イヌシデ(カバノキ科),アズキナシ(バラ科),ネジキ(ツツジ科),フジ(マメ科)など,広範な植物を寄主とする.本稿では,標本のラベルデータよりハリギリ(ウコギ科),飼育によりクリ(ブナ科)を寄主植物として追加した.12.Paraclemensia monospina Nielsen,1982アズキナシマガリガ(新称)小型(開張9-12.5mm).頭頂は黒色で,顔面は淡黄色.前翅は暗褐色で光沢のある銅色を帯びる.ホロタイプのオス1個体しか知られていなかったが,アメリカ国立自然史博物館に所蔵されたメスを見いだし記録した.分布:北海道.寄主植物:アズキナシ(バラ科).13.Incurvaria takeuchii Issiki,1957クシヒゲマガリガ大型(開張10.5-19mm).触角は,♂では櫛歯状,♀では単純.分布:本州.寄主植物:リョウブ(リョウブ科).本種の寄主植物は未知だったが,飼育によりリョウブを利用することがわかった.14.Incurvaria alniella(Issiki,1957)ハンノキマガリガ大型(開張14-20mm).前翅は茶褐色で,後縁の基部1/3と2/3に小さな白斑をもつが,白斑が不明瞭に消失する個体もある.分布:本州,九州(対馬).寄主植物:ハンノキ(カバノキ科).15.Incurvaria vetulella(Zetterstedt,1839)コケモモマガリガ(新称)(日本新記録)大型(開張13-17.5mm).前翅は茶褐色で,後縁の基部1/3と2/3に大きな白斑をもつ.分布:北海道;ヨーロッパ,ロシア,北アメリカ.寄主植物:日本では不明.ヨーロッパではブルーベリー,コケモモ(ツツジ科)が記録されている.
- 2004-06-20
著者
-
広渡 俊哉
Entomological laboratory, Graduate School of life & Environmental Sciences, Osaka Prefecture Univers
-
岡本 央
Entomological Laboratory Graduate School Of Agriculture And Biological Sciences Osaka Prefecture Uni
-
広渡 俊哉
Entomological Laboratory College Of Agriculture Osaka Prefecture University
関連論文
- 日本産チビガ科の分類学的再検討
- クロスジキヒロズコガ(ヒロズコガ科)に関する生物学的知見
- ヤマハギシロハモグリ(新称)(ハモグリガ科)の日本からの記録
- コンオビヒゲナガの配偶行動
- 日本においてオオタカとフクロウの巣から発見されたヒロズコガ(鱗翅目,ビロズコガ科)とフタモンヒロズコガ(新作)の幼虫産出性
- 中国海南島産Gerontha属(鱗翅目,ヒロズコガ科)の1新種
- 日本産Adela属(鱗翅目,ヒゲナガガ科)の分類学的再検討
- ミトコンドリアND5およびCOI遺伝子の塩基配列による日本産セセリチョウの分子系統
- ヒサカキハモグリガ(鱗翅目,ハモグリガ科)の幼生期
- ヤスダハモグリガとバクチノキハモグリガ(ハモグリガ科)に関する生物学的知見
- 日本産Triaxomera属(鱗翅目,ヒロズコガ科)の1新種
- 日本産ゴマフヒメウスキヒゲナガ(新称)について
- 旧北区東部のゴマシジミ属
- 中国南部で発見されたVietomartyria属(コバネガ科)の注目すべき1新種
- オナガミズアオ(鱗翅目:ヤママユガ科)のインドナガランドにおける生態と飼育
- 中国南部で発見されたVietomartyria属(コバネガ科)の注目すべき1新種
- 日本産チビガ科の分類学的再検討
- 幼虫がサカキに潜る日本産Antispila属の1新種(鱗翅目,ツヤコガ科)
- 大阪国際空港内におけるシルビアシジミの生息状況
- マレー半島におけるツシマウラボシシジミの発見
- 日本産Heliozela属(鱗翅目,ツヤコガ科)の5新種
- カラコギカエデシロハモグリ(新称)(ハモグリガ科)の日本からの記録
- 琉球列島のウスベニヒゲナガ属(鱗翅目, ヒゲナガガ科)
- 日本産チビガ科の分類学的再検討
- チビガ科の潜葉習性 (特集 絵かき虫の生物学)
- 日本産スイコバネガ属(スイコバネガ科)の一新種
- 日本産マガリガ科(鱗翅目)の分布記録と生物学的知見
- タヒチ島産Nacaduba属(鱗翅目,シジミチョウ科)の1新種
- Pepliphorus cyanea(CRAMER)(鱗翅目,シジミチョウ科)の分類学的位置
- Nacaduba属(鱗翅目,シジミチョウ科)における雌交尾器の形態と分類学的重要性
- 日本産ホソヒゲマガリガ科の分類学的知見
- ハイイロゴマダラヒメキバガ(新称)の日本からの記録
- シデ類を寄主とする日本産スイコバネガ属(鱗翅目:スイコバネガ科)の一新種の記載とミトコンドリアCOIおよびND5遺伝子配列に基づく生物地理
- 日本産マガリガ科(鱗翅目)の分布記録と生物学的知見
- Jamides属(鱗翅目,シジミチョウ科)の研究 : I. マレー半島産Jamides属16種の雌交尾器の記載
- ヤナギ類の葉に潜るコハモグリガ属の1新種の記載,およびヤナギ類に潜る日本産コハモグリガ属の蛹の形態とDNAバーコード領域に基づくヤナギ類潜孔性種の遺伝的比較
- ヒロオビヒゲナガに関する生物学的知見
- スラウェシのLycaenopsis群(鱗翅目,シジミチョウ科)
- スラウェシのカニアシシジミ(アシナガシジミ)族
- スラウェシ産Jamides属の1新種
- トリバネアゲハ属(鱗翅目,アゲハチョウ科)の系統と生物地理
- 1. タヒチシジミ(Nacaduba tahitiensis)の発見とその意義(日本鱗翅学会第36回大会一般講演要旨)
- イリアン・ジャヤからのCallictita属(シジミチョウ科)の1新種の記載
- 4. Pepliphorus cyanea (CRAMER)の分類学的位置について(シジミチョウ科,ヒメシジミ亜科)(日本鱗翅学会第33回大会一般講演要旨)
- 4. Jamides属(ルリウラナミシジミ属)およびその近縁属の分類学的再検討(日本鱗翅学会第32回大会一般講演要旨)
- 12. マレーシア産Jamides属(ルリウラナミシジミ属)の雌雄交尾器形態について(日本鱗翅学第30回大会一般講演要旨)
- 中国湖南省におけるシナギフチョウの発見と保全に関する知見
- 中国産カバナミシャク属の新種VI
- 異なる森林環境における小蛾類群集の多様性(2)灯火法による小蛾類の群集調査の評価
- センリョウ科の葉に潜るコハモグリガ属の1新種1新記録種の記載および蛹の形態
- ヤンバルムクゲキノコムシ属(甲虫目ムクゲキノコムシ科)の分類学的位置と日本産1新種の記載
- 日本におけるハナカメムシ類7種の分布記録
- 日本産ヒカリバコガ属(鱗翅目,ヒカリバコガ科)に関する生物学的知見
- 剣山系の蛾類(1)2009年の調香結果
- 大台ケ原におけるガ類群集を利用した森林環境評価
- 昆虫食性鳥類4種の巣に発生する鱗翅類
- 日本産ヒカリバコガ属(鱗翅目, ヒカリバコガ科)に関する生物学的知見
- 「三草山ゼフィルスの森」における潜葉性小蛾類の種多様性
- Four new species of the genus Nemophora Hoffmannsegg (Lepidoptera, Adelidae) from China
- 南大東島のモズの自然巣から羽化した鱗翅類
- Morophaga parabucephala(鱗翅目,ヒロズコガ科)の日本および中国における新記録
- 大阪府内のさまざまな緑地における腐植食性ガ類の種多様性
- ミトコンドリアND5およびCOI遺伝子の塩基配列による日本産セセリチョウの分子系統
- 日本においてオオタカとフクロウの巣から発見されたヒロズコガ(鱗翅目, ヒロズコガ科)とフタモンヒロズコガ(新称)の幼虫産出性
- Morohaga parabucephala (鱗翅目, ヒロズコガ科) の日本および中国における新記録
- ヤスダハモグリガとバクチノキハモグリガ(ハモグリガ科)に関する生物学的知見