<学位論文要旨>リン脂質人工モデル膜の構造相転移の回折学的研究
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概要
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1.序論 リン脂質-水系では,生理的温度付近で水分の多い状態において,脂質二重層膜が水の層をはさんで何重にも積み重なったラメラ構造が形成される。この系では,温度を変えるとラメラ構造の変化をともなう相転移が現われことが知られている。典型的なリン脂質,ジパルミトイルフォスファチジルコリン(DPPC)と水との系では,副転移(約25℃), 前転移(約34℃), 主転移(約41℃)の三つの相転移点が存在し,これら相転移点をはさんで低温側から順にLc相(結晶相), L_β'相(ゲル相), P_β'相(リップル相)そしてL_α相(液晶相)の四つの相の存在が知られている。この系の中性子小角散乱測定を行ったところ,次の二つの現象が見出された。一つは,低温状態のゲル相から高温状態の液晶相への加熱過程およびこの逆の冷却過程において,中間のリップル相の温度領域での温度履歴現象である,もう一つは,リップル相からゲル相へ冷却したときに,ゲル相の成長する緩和時間の非常に長い緩和現象である。このようなDPPC-水系をはじめとしてリン脂質膜にみられる履歴現象や緩和過程の存在は本質的にリップル相の構造に起因していると考えられる。そこで本研究では,DPPC-水系の温度変化にともなう静的構造変化およびリップル相からゲル相への温度変化にともなう動的構造変化を,回折学的方法を用いて測定し,リップル相の構造(P_β'相および高温の液晶相から冷却してできる準安定相のP_β' (mst)相)を明らかにすることを目的とする。また求められたリップル相の構造から動的構造変化に関する結果を理解することを試みる。2.結果 実験方法は次の三つの方法,すなわち中性子小角散乱(京都大学原子炉実験所), X線小角散乱(広島大学総合科学部および高エネルギー物理学研究所放射光実験施設)そしてフリーズフラクチャー法による電子顕微鏡観察(広島大学医学部および総合科学部)である。測定は,各相の静的構造の測定と,リップル相(P_β'相およびP_β' (mst)相)からゲル相へ急冷したときの動的構造変化の測定の二種類である。測定結果は以下の6点にまとめられる。(1).DPPC-水系において,温度変化に伴って,履歴現象が見出された。(2).DPPC-水系において,リップル相の温度領域から前転移点を越えてL_β'相の温度領域へ急冷した際に,回折ピーク強度の成長する緩和現象が見出された。(3).L_β'相の秩序化する緩和過程の緩和時間は,リップル相の温度領域から急冷する目標温度に依存する。この緩和時間の温度依存性は,初期状態のリップル相がP_β'相であるかで大きく異なる。P_β' (mst)相からL_β'相へ急冷した場合,緩和時間は約25℃で最も小さく,目標温度が25℃よりも高くなるにつれて,また反対に低くなるにつれて,緩和時間は大きくなる。そのため緩和時間と目標温度の関係はU字型の傾向を示す。これに対しP_β'相からL_β'相へ急冷した場合は,P_β' (mst)相からL_β'相へ急冷した場合よりも緩和時間は短く,低温になるほど緩和時間は単調に小さくなる傾向がある。(4).L_β'相から温度上昇によって得られるP_β'相とL_α相から温度降下によって得られるP_β' (mst)相の回折パターンは大きく食い違っていた。また,どちらの場合も少なくとも数時間の範囲では,その回折パターンに顕著な変化は見られず,P_β' (mst)相は準安定状態であるといえる。(5).放射光により緩和現象の初期の構造変化を測定した。その結果P_β'相とP_β' (mst)相のいずれから急冷した場合もリップル周期に対応する回折ピークが約20秒で消滅し,ゲル相の膜間の繰返し周期に対応する回折ピークは,リップル周期に対応する回折ピークの消滅後に成長している。(6).電子顕微鏡観察によれば,P_β'相, P_β' (mst)相いずれの膜表面もリップルに対応する縞模様で覆われている。そしてP_β'相は異なる脂質膜間でリップルの走る方向が揃っている。これに対し,P_β' (mst)相では膜間でリップルの走る方向が乱れているところがある。またP_β' (mst)相では,倍周期リップル構造が観察された。これらの電子顕微鏡観察の結果は,上記の結果(4)におけるリップル相の測定結果と一致する。これらの測定から得られたP_β'相とP_β' (mst)相構造の違いがL_β'相での緩和時間の違いに反映したものと考えられる。3.考察および結論 以上の結果からリップル相の構造を次のように推測した。P_β'相では,単斜晶系の基本単位格子を持つ構造をとり,のこぎり波の形をした約140Aの周期をもつリップル構造の膜が等間隔に積み重なっている。一つの膜面内ではリップルの走る方向の揃った比較的大きなドメイン(直径1万∿数万A)が存在している。隣接する膜面間に対してもリップルの走る方向が揃っている。一方,P_β' (mst)相では,比較的小さなドメイン(直径数千∿1万A)が多数存在していると考えられる。
- 1992-12-31
著者
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