水稲障害型冷害における不稔の機作と遺伝に関する研究

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本研究は水稲の障害型冷害について,不稔発生の機作と障害型冷害に対する抵抗性であるところの耐冷性の遺伝様式を明らかにしたものである。まず前者については,これまでの研究が主として低温による小胞子の退化と花粉の充実不良が中心であったのに対し,本研究ではイネの受精を可能ならしめる条件とこれが低温によってどのように損われ,その結果不稔となるかに注目して実験を行った。また後者については,遺伝的雄性不稔稲との比較,統計遺伝学的解析ならびに標識遺伝子との連鎖関係を明らかにすることにより,耐冷性の遺伝様式についての知見を得ようとした。I.不稔発生の機作供試の北海道の早生種は一頴花あたり5,000〜6,500の花粉粒をつくっている。これを穂ばらみ期に低温処理すると花粉粒は減少し,粒数についての穎花間および葯間の変異が大きくなり,機能ある花粉の割合が顕著に低下した。穂ばらみ期に低温処理したイネの開花には,正常に発育して裂開する葯の外に,大別して3種類の不裂開が含まれ,かつ一穎花中の6葯12葯室は発育の同調性を失ってしまう。不裂開葯の増加にともない柱頭に付着する花粉粒数が減少した。このことが不稔の直接の原因であると考えられた。不裂開葯は低温により発育を停止したもので,3種の葯はそれぞれ四分子期から小胞子初期,小胞子期および花粉期に発育を停止したものであることが明らかにされた。裂開葯と3種の不裂開葯が一穎花6本の葯に任意に組合わさると全部で84種類の穎花が可能であり,本実験でもそれらが観察された。なお葯は低温をうけると直ぐに発育を停止するのではなく,いくらか先に進んでから発育を停止していた。受精に必要な最小の裂開葯数と柱頭上の花粉粒数を調査して,おおむね一穎花で3本以上の葯が裂開し,20粒以上の花粉が柱頭に付着すると受精が可能であることを明らかにし,閾値が存在することを認めた。これらの結果より,障害型冷害の不稔発生の機作について次のように結論した。すなわち,正常な環境条件下では一穎花6本の葯が揃って発育し,裂開により十分な花粉が放出されて受精が行われる。これに対し,穂ばらみ期に低温をうけると,葯の均一な発育が損われ,途中で発育を停止する葯が生ずる。これらの葯では機能ある花粉が少なく,裂開しない。そして開花時には種々の葯を含んだ穎花が生じ,このうち3本以上の葯が裂開し,20粒以上の花粉が柱頭に付着した穎花は受精し,稔実するが,そうでないものは不稔となる。II.耐冷性の遺伝分析耐冷性は正常な環境下では発現せず,一方厳しい低温下では強品種も完全不稔となり品種間差異が生じない。このため耐冷性の遺伝分析には適切な検定方法と形質の選択が重要である。低温処理期間を長くすると,強品種は徐々に不稔を増すのに対し,弱品種では急激に不稔が増加した。また低温による葯の裂開程度の品種間差は耐冷性のそれとよく対応していた。正逆交雑のF_1個体を用いての実験より,耐冷性の遺伝要因は細胞質になく核内に存在すると考えられた。また,耐冷性について顕著な雑種強勢が認められた。細胞質-核遺伝子型雄性不稔稲においても,低温によって生じたのと同じ発育停止による不裂開葯を観察したが,低温をうけた葯は広い範囲で発育を停止するのに対し,遺伝的雄性不稔稲の葯は限られた発育段階で発育を停止していた。耐冷性の後代分離を追跡の結果,変異は連続的であり,ポリジーンによって支配されていることが示唆された。MATHERの方法により耐冷性についての統計遺伝学的解析を行い,耐冷性に関与する有効因子数は5個内外と推定し,因子間にリンケージ関係がないことを認めた。この方法と平行して主働遺伝子分析の立場からも検討を加え,耐冷性遺伝子は6つの連鎖群の標識遺伝子と連鎖関係にあると考えられた。またF_2およびF_3世代の耐冷性の遺伝率が高かったことより,適切な検定条件下では,初期世代における選抜効果も大きいことが期待された。
帯広畜産大学の論文
1978-06-20

水稲障害型冷害における不稔の機作と遺伝に関する研究

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