味噌汁中の香気成分の加熱に伴う変化(自然科学編)
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概要
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わが国の伝統的な発酵調味料である味噌は、製法や産地によりその風味は異なり、また、種類は多く地域性の高い調味料である。さらに、原料の大豆や発酵・熟成に由来する多くの機能性を持つ優れた食品でもある。味噌は主として、味噌汁として食され、その味噌汁の調理にあたっては、味噌を溶かし短時間沸騰させる。そのことにより、香味が最大限引き出され、おいしさが感じられる。しかし、過度の加熱では、多くの香気成分が揮発、あるいは逆に増加することで風味が損なわれ、おいしさは減少することが知られている。本研究では、味噌汁中の香気成分が味噌の種類や加熱時間の長短によりどのように変化するか香気成分捕集方法として動的ヘッドスペース法を用いて検討した。実験には、越後味噌、信州味噌、八丁味噌、西京味噌の4種類の味噌を用いて、未加熱、加熱時間10〜60分での香気成分の変化をガスクロマトグラフィー(以下、GC)により分析し、比較検討を行った。GC分析の結果検出された総ピーク数は、越後味噌111、信州味噌106、八丁味噌113、西京味噌65であり、越後味噌、信州味噌、八丁味噌の香気成分は西京味噌に比べ、多種類の成分より構成されていた。また、GCパターンを比較すると、越後味噌、信州味噌は類似し、八丁味噌、西京味噌はそれぞれ特有のGCパターンを示した。GCの総ピーク面積は、越後味噌が一番大きく、次いで西京味噌、八丁味噌で、信州味噌は一番少なく、他の味噌の約41〜50%に相当した。標準化合物および文献をもとに、各味噌汁中の香気成分を解析したところ、味噌汁の香気成分として、アルコール13、アルデヒド7、有機酸4、エステル12、合硫化合物2、炭化水素5、ケトン類1の総計44種類の化合物を同定または推定した。これら化合物のうち、94〜99%占めたのがアルコール類で、このうちethanolが一番多く、越後味噌で65.14%、信州味噌で67.05%、八丁味噌で82.82%、西京味噌で93.19%であった。八丁味噌と西京味噌はその発酵・熟成には酵母の関与が比較的少ないにもかかわらず、ethanol量の多いのは上述の「酒精」の添加によるものと考えられる。そして、ethanolのほか、2-methylbutanol、3-methylbutanol 、methanol、2-methyl-1-propanol、n-butanol、n-propanolなどが主なアルコール類として検出された。越後味噌、八丁味噌、西京味噌中の多くのアルコール類は加熱により減少する傾向を示したが、信州味噌では増加またはほとんど変化しないという特徴が認められた。各味噌汁中のアルデヒド類としてethanal、hexanal、benzaldehydeなどが検出され、これらは一般に加熱により増加する傾向にあり、他の香気成分との違いが認められた。アルデヒド類の加熱による増加は一般的にも知られ、その原因は味噌中の遊離アミノ酸からストレッカー分解により生成されるためと考えられる。有機酸のacetic acidは越後味噌、butyric acidは八丁味噌、2-methylbutyric acidと3-methylbutyric acidは信州味噌中で最も多いことが認められた。そして、加熱によりacetic acidは減少、butyric acid は増加、2-methylbutyric acidと3-methylbutyric acidは変化がないという、それぞれの特徴を示した。各味噌汁中で検出された主なエステル類はethyl acetate、ethyl heptanoate、ethyl lactateおよび2-methylbutyl acetate と3-methylbuty lacetateなどであり、量的にはethyl acetateは八丁味噌、ethyl heptanoate は越後味噌、ethyl lactateは信州味噌に多いことが認められた。これらのうち量的に多かったethyl acetateも加熱により増加する傾向にあったが、八丁味噌では加熱10分で一旦急激に減少することが認められた。そして、エステル類はその種類や味噌の違いにより加熱による傾向が異なったが、信州味噌ではethyl dodecanoateのみ減少傾向を示し、その他多くのエステル類は増加する傾向があった。食欲化合物のdimethyl disulfideは加熱により減少し、3-methylthiopropanal(methional)は増加した。また、炭化水素類ではハ丁味噌においてtridecane、hexadecaneに増加がみられた。これらの結果から、味噌汁の香気成分の中には加熱により減少するもの、逆に、増加するもの、また、味噌の種類による違いなど解析することができた。また、前報では香気成分捕集法として静的ヘッドスペース法を用い、味噌汁の香気成分として15化合物を同定または推定したが、本研究での動的ヘッドスペース法では44化合物が同定または推定されたことから、後者の分析法の優位性が認められた。
著者
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石原 和夫
県立新潟女子短期大学生活科学科食物栄養専攻・専攻科食物栄養専攻
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佐藤 彩乃
県立新潟女子短期大学専攻科食物栄養専攻
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曽根 英行
県立新潟女子短期大学生活科学科食物栄養専攻・専攻科食物栄養専攻
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石原 和夫
県立新潟女短大
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石原 和夫
県立新潟女子短期大学
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