『三四郎』論 : 「迷羊(ストレイシープ)」について
スポンサーリンク
概要
- 論文の詳細を見る
『三四郎』は、明治四十一年九月一日から十二月二十九日まで百十七回にわたって、東京・大阪朝日新聞に連載された。同年八月十九日の同紙上に「『三四郎』予告」がある。田舎の高等学校を卒業して東京の大学に這入つた三四郎が新しい空気に触れる、さうして同輩だの先輩だの若い女だのに接触して色々に動いて来る、手間は此空気のうちに是等の人間を放す丈である、あとは人間が勝手に泳いで、自ら波瀾が出来るだらうと思ふ、さうかうしてゐるうちに読者も作者も此空気にかぶれて是等の人間を知る様になる事と信ずる、もしかぶれ甲斐のしない空気で、知り栄のしない人間であったら御互に不運と諦めるより仕方がない、たゞ尋常である、摩訶不思議は書けない。『三四郎』で、問題になるのは、作品における「美禰子」という女性の存在である。田舎から出できた「三四郎」の愛の対象としてその華麗な容姿を作品のいたるところで発揮するが、その本質は、作品読解の焦点のひとつとなっている。「美禰子」という女性の本質を理解し、その存在が「三四郎」に与えた影響を考えることが、作品『三四郎』の読解の重要な要素であることは、言うまでもない。さらに、作品末尾の「迷羊(ストレイシープ)」という「三四郎」のつぶやきが、作品全体に意味するものを解明する。
著者
関連論文
- 国語教育と文学 : ことばと心
- 宮沢賢治『注文の多い料理店』論 : について
- 読書教育と文学 : 他者へのまなざし
- 幽霊という狂気 : 漱石「琴のそら音」
- 森鴎外「舞姫」序論
- 饒舌という狂気 : 漱石『吾輩は猫である』
- 漱石文学の源流 : その作家的出発をめぐって
- 『野分』論 : 実相と影
- 夏目漱石と西田幾多郎における東洋と西洋 : 『行人』と『善の研究』
- 夢の方法 : 漱石『三四郎』論
- 生涯学習としての村上春樹の読書
- 村上春樹『羊をめぐる冒険』論 : との出会い
- 表象の-漱石(人文・社会科学編)
- 芥川龍之介「歯車」論 : 不条理な意識
- 『三四郎』論 : 「迷羊(ストレイシープ)」について
- 西洋近代を超えるもの : 漱石文芸における の諸相 (2)
- 樋口一葉『たけくらべ』論 : の言葉
- 生涯学習としての樋口一葉の音読
- 選び取られた : 漱石文芸におけるの諸相
- 絶対という狂気 : 漱石『行人』
- 生涯学習としての一葉の読書
- 夢幻という狂気 : 漱石『永日小品』
- 生涯学習としての鴎外の読書
- 樋口一葉『にごりえ』論 : という物語
- 生涯学習としての漱石の作品研究
- 『趣味の遺伝』論
- 生涯学習としての漱石の読書
- 『坑夫』論 : 片付かない不安
- 『草枕』論 : 浮遊する魂
- 『草枕』論--浮遊する魂