樋口一葉『にごりえ』論 : <境界>という物語
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概要
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一葉の作品は、明治の女性たちの生きざまとその魂のうめきを、雅俗折衷体という文体を用いて描いたものである。それは、明治という時代のはざまで、近世的な価値観と近代化がもたらした自我の覚醒のせめぎ合いのなかで、どのように自己実現を果たすかという一葉自身の自己実現化という問題と相克しつつ展開されるのである。その文体は、まさしくその時代的境界にたたされた危機的な均衡のなかで、多くの評家によって絶賛されることになる。男性の気持ちが絶対視される社会にあって、男性の気持ちの受け皿としてしか認識されていなかった女性にも、精神はあるのだという主張である。虚に漂うこうした女性の声を集めて、その声に呼応する形で、語る主体である一葉の自己実現が「誠にわれは女成けるものを、何事のおもひありとてそはなすべき事かは」(「ミづの上」) という感慨とともになされる。それは、近代日本という時代の変遷の荒波を、男性社会のなかで女戸主として生き抜くという厳しい現実感のなかでなされるのである。こうした確かな現実認識にささえられた一葉の視線は、この時代を生き抜くさまざまな階層の女性の声を、生の声として聞くことを可能とした。作家としての時代を視る目、人間を視る目を一葉は日々の生活のなかで獲得したのである。この厳しい現実認識が、時代の裂け目に鋭く突き刺さり、その時代に翻弄されない独自の文体を編み出した。それは、雅文体という伝統的和文の体をとりながらも、その美文的修辞を拒絶した鋭い現実認識に根差した俗文体を取り入れている。一葉の文体には、時代の波に翻弄されることのない毅然とした態度と、その時代の制度に拮抗する自由な精神が両立していることを示している。
- 九州女子大学・九州女子短期大学の論文
著者
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