ヨヘン・フーンの歴史教授学 ―歴史とは何かを問うことは重要である―
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概要
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本稿は,ドイツの歴史教授学者J.フーンの著書『歴史教授学』に関する研究報告である。わたしたちは本稿において,『歴史教授学』の内容から示唆を得ながら,「歴史」とは何かについて問うことが歴史教授にとって重要な意味を持つということを示す。フーンは,歴史教授にとって意義のある「歴史」として,過去全体としての「歴史」,ある社会の記億行為としての「歴史」,学校の教科,研究における学科としての「歴史」という三種類の「歴史」をあげているが,ここではそのなかでも記憶行為としての「歴史」について検討される。わたしたちの暮らす現代社会において比較的広く受け入れられている記憶行為である歴史学もまた,過去から現在まで多種多様な様態で存在してきており,存在している過去の取り扱い方のなかのひとつである。それゆえ,歴史学以外のさまざまな過去の取り扱い方に実際に当たり,それらに共通する一般的諸要素,あるいはある社会の過去の取り扱い方の特殊な諸要素を検討することで,現代的な歴史学に対する意義ある反省を行うことが可能になるはずである。それらさまざまな過去の取り扱い方のなかでも,本稿では「英雄詩」,「神話」,そして「救済史」が取り上げられる。そして,それぞれに関する考察から,あらゆる時代に通用するような価値と,当時の社会というひとつの世界に関する価値という二つのメッセージについての認識が,歴史学に対するいくつかの反省とともに得られる。また,付言するなら,本稿は歴史教授学に関する段階的な考察のなかの一階梯であり,その結論は後に続く考察によってさらに新たな価値を見出されるであろうものである。
- 2005-02-28
著者
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