ナガサキアゲハの静岡および神奈川における新規個体群の光周反応
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概要
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ナガサキアゲハPapilio memnon L.は,近年,日本国内において分布を北方あるいは東方へ拡大している.1940年代の北限は本州および四国の一部であったが,1990年代前半には紀伊半島に侵入した.その後も太平洋沿いに分布を拡大し,1990年代後半から2000年にかけて静岡県や神奈川県で定着が確認されるようになった(岸,2001;諏訪編著,2003).本種の寄主植物である柑橘類は西日本では古くから広く栽培されており,近年における分布拡大は柑橘類の栽培地域の拡大では説明できない.Yoshio&Ishii(1998,2001)は,本種の西日本の3個体群間では休眠性と耐寒性は明瞭な差がないことを示し,近年における本種の分布拡大には気候温暖化が関与していると報告している.本研究では,この仮説を確認するために,侵入・定着直後の静岡県(35°02'N)と神奈川県(35°16'N)の本種個体群について,その光周反応を調べた.その結果,静岡・神奈川個体群ともに長日型の光周反応を示し,短日で蛹休眠が誘起された.蛹休眠を誘起する臨界日長(CP)は,静岡個体群で約13時間,神奈川個体群では約13時間15分であり,これらはYoshio&Ishii(1998)が報告した鹿児島(31°36'N),和歌山(34°11'N),箕面(34°54'N)の各個体群と変わりなかった.温帯では,多くの昆虫で休眠性に地理的変異が存在することが知られ,冬休眠の場合,生息地の緯度が約5度違えば,CPには約1時間の差がみられる傾向がある(正木・矢田,1988).しかしながら,本種では鹿児島と神奈川個体群間でもCPに差は認められなかった.この結果はすなわち,本種の分布拡大が気候温暖化によるとする上述の仮説を支持している.本種の神奈川個体群のCPは,東京産のクロアゲハのもの(23℃で約13時間47分,Ichinose&Negishi,1979)よりも約30分短かった.一般に冬休眠を誘起する臨界日長は高温では短くなることを考慮すれば,本種は関東地方南部ではクロアゲハよりも秋遅くに休眠に入ると考えられる.近年の気候温暖化によって秋の気温が上昇し,冬の到来が遅くなっていることも,本種の関東地方での定着に有利にはたらいているのかもしれない.
- 2004-09-30
著者
-
吉尾 政信
大阪府立大学大学院農学生命科学研究科
-
吉尾 政信
Entomological Laboratory, Graduate School of Agriculture and Biological Sciences, Osaka Prefecture U
-
石井 実
Entomological Laboratory, Graduate School of Agriculture and Biological Sciences, Osaka Prefecture U
-
吉尾 政信
大阪府大・先端研
-
石井 実
Entomological Laboratory Graduate School Of Agriculture And Biological Sciences Osaka Prefecture Uni
-
Yoshio M
Osaka Prefecture Univ. Osaka Jpn
-
Yoshio Masanobu
Entomological Laboratory College Of Agriculture Osaka Prefecture University
-
Yoshio Masanobu
Entomological Laboratory College Of Agriculture University Of Osaka Prefecture
-
Yoshio Masanobu
Entomological Laboratory Graduate School Of Agriculture And Biological Sciences Osaka Prefecture Uni
-
Yoshio Masanobu
Entomological Laboratory Graduate School Of Agriculture And Biological Sciences Osaka Prefecture Uni
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