伊豆地域のイソチビゴミムシ
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概要
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イソチビゴミムシ類Thalassoduvaliusは, チビゴミムシ亜族の属種のうちでもかなり特異なものである。眼や後ばねが退化し, 体の色素が多少とも消失しているので, 外見が山地性のチビゴミムシ類に似ているが, 海岸に堆積した石の下だけにすむという点ではほかに例をみない。潮間帯に固有の一群であるウミチビゴミムシ亜族 Aepina の種類ほど極端な特殊化は示さないが, 潮間帯上部から満潮線のすぐ上までをすみ場所にし, とくに淡水が海に浸みこむようなところを好む。日本を含む東アジアからは近縁種がまったく知られていないので, 系統的な由来は明らかでない。形態的には, ニュージーランドに固有で, 山地の渓流付近や洞窟の中にすむDuvaliomimus 属のものにもっとも近いが, この類似が直接的な類縁関係を示すものかどうかという問題については, なお検討の余地がある。イソチビゴミムシ類は, これまでに西日本の2カ所から知られ, 島根県浜田市周布川の河口で発見されたものがイソチビゴミムシ, 愛媛県宇和島市の港で見つかったものがナンカイイソチビゴミムシと命名されていた。その後, 同属のものが神奈川県の真鶴岬で採集され, 今回の調査では伊豆大島からも発見されたので, これらの資料を慎重に検討した結果, この属のチビゴミムシ類は, すべて同一の種であろうという結論に達した。しかし, 地理的な変異は認められるので, ここでは既知の個体群を次の3亜種に整理した。1) イソチビゴミムシ T. masidai masidai S. UENO-石見海岸 2) ナンカイイソチビゴミムシ T. masidai kurosai S. UENO-四国西海岸 3) イズイソチビゴミムシ T. masidai pacificus S. UENO-大島を含む伊豆地域 この論文で新亜種として記載したイズイソチビゴミムシは, 宇和島産のナンカイイソチビゴミムシにきわめて近く, わずかに頭部の大きさや前胸背板の形状などの差異が, 亜種を区分する特徴として認められるにすぎない。これに対して, 石見海岸のイソチビゴミムシは, 外部形態からみても雄交尾器の構造においても, 他の2亜種とは明らかに異なり, 分化がかなり進んだものであることを示している。直線距離にして190km ぐらいしか離れていない石見海岸と宇和島のイソチビゴミムシが, 明らかな分化を示しているのに対して, 650km も隔たった宇和島と伊豆地域のものが, ひじょうによく似ているという事実は, この類の分布や分化を考察する上でひとつの手掛りになる。一般に, チビゴミムシ類は地理的な分化を起こしやすく, 盲目種の極端な例では, 1.5km しか離れていない2地点で, 完全な種分化のみられることさえある。無翅, 淡色, 小眼の種で, 長さが数百キロメートルにも及ぶ広い分布域をもつものは, イソチビゴミムシ以外にまったく知られていない。単一の種がこれほど広く分布するようになった理由は, 少なくとも二通り考えられる。そのひとつは, イソチビゴミムシの分布が連続的で, 種を分化させるほど有効な隔離が起こらなかったのではないか, という推測であり, 他のひとつは, イソチビゴミムシの拡散が急速に行なわれた結果, まだ十分な分化を遂げるにいたらないのではなかろうか, というものである。おそらく, これらの推測はどちらも正しくて, ふたつの要因がたがいに補い合うような働きをしたのだろう。もちろん, 現在の知見では, イソチビゴミムシの分布がきわめて不連続であるようにみえるが, 生息条件がいちじるしく限定されていて, 本来のすみ場所を探し当てるのがむずかしいことに起因する, 見掛け上の現象だと考えてよかろう。イソチビゴミムシ類の祖先は, おそらくアジア大陸から日本の南西部へ到達し, それから海岸沿いに北東へ拡がっていったものだろう。海岸を離れては生活できないので, 拡散するにあたっても海流の影響を強く受けたはずである。したがって, 黒潮に洗われる地域と, 対馬海流の影響を受ける地域とのあいだで, まず分化が起こった。比較的距離の近い宇和島と石見海岸のものが, かなりの程度まで分化しているのは, おそらくこの理由によるのだろう。いっぽう, 宇和島と伊豆地域とは, ともに黒潮の影響を受けている。いったん潮流に乗ってしまえば, 四国の南西部から伊豆半島へ到達するのに, それほどの時間はかからない。実際には, 室戸岬や紀伊半島を経て東進が行なわれたことと思われるので, 拡散はいっそう容易だったにちがいない。太平洋岸に分布する亜種の分化があまり進んでいない, という事実も, 拡散分化の歴史がそれほど古くないことを示唆している。伊豆半島のどこかに定着し, ある程度の分化を遂げたイズイソチビゴミムシの一部は, さらに海を渡って大島にもすみついた。
- 国立科学博物館の論文
- 1978-12-20
著者
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