北海道日高および夕張山系のチビゴミムシ類
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概要
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北海道は, 高山性チビゴミムシ類の分布模様からみて, 4つの地域に大別される。すなわち, 大雪山群から東へ延びて知床半島にいたる地域, 北西岸の増毛山地から北へ利尻島に続く地域, 石狩低地帯より南西の渡島半島を含む地域, および日高・夕張の両立脈で構成される地域である。最初の地域は, チビゴミムシ亜属 (Trechus) の種が分布する日本唯一の山群であり, 2番目の地域には, キイロチビゴミムシ亜属 (Epaphius) の後翅の退化した種が分布している。これらのチビゴミムシ類は, いずれもシベリア東部から北海道へ侵入してきたもので, 後者は本州の高山にも拡がっている。第3の地域である北海道の南西部には, ナガチビゴミムシ系統の1新群が分布している。その由来は明らかでないが, 本州と深い関係をもつことは確かであろう。最後の日高山脈と夕張山脈とは, ナガチビゴミムシ属(Trechiama)およびヒダカチビゴミムシ属(Masuzoa)の2属を産する点でほかのどの地域ともいちじるしく異なり, 本州との関連性がもっとも濃い。また, 北海道のうちで, チビゴミムシ類のもっともよく分化している地域でもある。日高山脈のチビゴミムシ類は, 1960年の夏に初めて調査され, 北部の戸蔦別岳と幌尻岳から2属2種が発見された。しかし, 交通の便が悪く, 山自体もひじょうに険しいので, それ以後には, この山脈にすむゴミムシ類の研究されたことがほとんどなかった。したがって, 1970年と1971年に国立科学博物館の行なった調査が, 日高山脈のチビゴミムシ相解明に果たした役割はきわめて大きい。まず1970年の夏には, 山脈中央部のペテガリ岳と南部の楽古岳から合わせて3種のメクラチビゴミムシ類が見つかり, 次いで1971年夏の調査で, 戸蔦別岳の西麓からあらたに1種が追加された。その結果, 日高山脈から報告されるチビゴミムシ類は, 計2属5種1亜種となった。いっぽう, 地質学的にも植物学的にも日高山脈と密接な類縁関係を示す夕張山脈からは, 1961年と1964年の夏に筆者の行なった調査で, 2属2種のチビゴミムシ類が発見された。この2属はともに日高山脈と共通であるが, 北海道内のほかの地域にはみられない。したがって, この2つの山系は, チビゴミムシ相からみても関連性のきわめて深いものである。この論文では, 日高・夕張両山脈のチビゴミムシ類を総括し, 4新種2新亜種を記載した。既知の2種を含めて, これまでに見つかっているものは次ぎのとおりである。1)ヒダカメクラチビゴミムシ Trechiama (s. str.) borealis S. UENO-戸蔦別岳, 幌尻岳(ペテガリ岳に別亜種 petegariensis S. UENO を産する)2)ラッコメクラチビゴミムシ Trechiama (s. str.) teradai S. UENO-楽古岳 3)ペテガリメクラチビゴミムシ Trechiama (s. str.) minutus S. UENO-ペテガリ岳 4)ワタナベメクラチビゴミムシ Trechiama (s. str.) watanabei S. UENO-戸蔦別岳西麓 5)ユウバリメクラチビゴミムシ Trechiama (s. str.) inflexus S. UENO-芦別岳, 夕張岳 6)ヒダカチビゴミムシ Masuzoa notabilis S. UENO-幌尻岳(夕張山脈の芦別岳に別亜種 favonius S. UENO を産する)以上6種のチビゴミムシ類のうち, 5種のメクラチビゴミムシは, いずれも同一の種群(ヒダカメクラチビゴミムシ群)に属するもので, おそらく東北地方北部のイワキナガチビゴミムシ Trechiama oreas (H. W. BATES) に似た単一の祖先から分かれ, 地中の環境にすみつくことによって, 比較的急速に分化したものであろう。近縁の種類が北海道内のほかの地域にみられず, 本州の中部以北のみに分布していること, しかも北海道内での分布が, 渡島半島などよりはるかに本州からの距離の遠い日高・夕張山系に限られていること, などの点を上記の事実に合わせ考えると, これらの種の祖先は, おそらく海を渡って日高地方に侵入したものと思われる。ヒダカチビゴミムシについては, 類縁関係がよくわかっていない。日本とその周辺地域にはこれに似たものが見つかっていないし, それ以外の場所からもまったく同じ系統のものは知られていない。たぶんこの種は, かなり古い時代から日高地域だけに生き残ってきたものであろう。なお, この種が, 日高・夕張の両山系に分布しながらわずかに亜種的な分化しか起こしていないのに, メクラチビゴミムシ類の方が, 2つの山脈の間ではもちろん, 日高山脈のうちでさえ明瞭ないくつかの種に分かれていることは興味深い。おそらく前者は, 比較的最近まで地上で生活していたもので, 現在のような地中の深所にすむようになってからは, まだあまり時間が経っていないのではなかろうか。小型ながら完全な複眼がまだヒダカチビゴミムシに残っていることも, このあたりの事情を暗示しているように思われる。
- 国立科学博物館の論文
- 1971-11-30
著者
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