ブリの腸球菌症とヒラメのエドワジエラ症の防御に関する研究
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概要
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主要海産養殖魚であるヒラメのエドワジエラ症は,1982年頃から発生するようになり、その原因菌としてEdwardsiella tardaが分離された。その後,本症は初夏から晩秋にかけての高水温期に魚令を問わず発生するようになり,1995年以降には多発するようになった。現在では,ヒラメ養殖において最も被害の大きな疾病となっている。本症に対する治療薬としては,塩酸オキシテトラサイクリンが用いられているが,薬剤の多用によって耐性菌が出現するようになり,大きな問題となっている。したがって,より効果的な予防・治療法を確立することが重要な課題となってきた。そこで,本章では前節においてブリの腸球菌症に対して効果が認められたquillaja saponinと,魚類の免疫機構を活性化する効果があるとされているβ-1,3-glucan (curdlan)の2種類の生理活性物質,およびワクチンをヒラメに投与して,エドワジエラ症に対する投与効果を検討した。これら2種の生理活性物質うち,quillaja saponinのヒラメのエドワジエラ症に対する防御効果は,多少の延命効果が認められるものの有効性には大きな期待ができないことが明らかになった。Curdlanについては,ヒラメの生体防御能に与える投与期間および投与法の影響を白血球の貧食能とPMA刺激によるO_2^-産生率から調べて検討した。その結果,curdlanを連続投与したヒラメ白血球の貧食能は,投与開始後2週間までは対照区に比較して上昇したが,3週間以上投与すると活性が減少して投与開始前の水準まで低下した。また,curdlan投与はO_2^-産生に影響しなかった。しかし,curdlanを3週間投与したヒラメのPMNに,in virtoでcurdlanを添加したところ,O_2^-産生率が上昇した。いっぽう,4か月間curdlanを隔日投与したヒラメ白血球の貧食能は,対照区に比較して高くなった。しかし,その活性は短期間の連続投与に比較して低下した。これらのことから,curdlan投与がヒラメの非特異的免疫機構に与える効果は,その投与法と投与期間によって影響されることが明らかになった。そこで,白血球貧食能に対する活性化効果が顕著に認められたcurdlanを,2週間連続投与したのちに,E. tardaで実験感染を行って有効性を評価したところ,curdlan投与による顕著な延命効果は認められなかった。そこで,E. tardaのホルマリン不活化菌体をワクチンとして経口投与し,特異的な防御機構を活性化してワクチンの効果を検討した。その結果,ワクチンの単独投与では血液中抗体価の上昇が認められ,有効率も生理活性物質を単独投与した場合に比較して高い値となったが,顕著な延命効果は認められなかった。したがって、次にワクチンとquillaja saponinおよびcurdlanの2種類の生理活性物質の併用投与を検討した。ワクチンと生理活性物質を併用投与したヒラメでは,ワクチンを単独投与した場合に比較して抗体価と負食能が上昇した。したがって、quillaja saponinおよびcurdlanにはアジュバント効果があることが示唆された。また,ワクチンとこれら2種の生理活性物質を併用投与すると,E. tarda実験感染に対する有効率が高められた。このように,ワクチンや生理活性物質の投与は単独では十分な有効性は得られなかったが,併用すると,相乗効果が認められることが明らかになった。しかし,これらの併用投与は白血球のO_2^-産生には影響しなかった。ヒラメにワクチンとquillaja saponinとcurdlanの2種の生理活性物質を併用投与し,感染前後の腸管,腎臓および脾臓のhsp60の変化を調べ,併用投与が,hsp60の発現にどのような影響を及ぼすかについて検討した。その結果,腸管と腎臓および脾臓とではhsp60の誘導様式に差異が認められた。すなわち,腸管のhsp60はワクチンと生理活性物質の併用投与区では,対照区に比較して感染前に上昇する傾向が認められた。しかし,腎臓と脾臓においては併用投与しても,腸管のような投与後のhsp60レベルの上昇は認められなかった。腸管は病原体などの侵入経路であることから,粘膜組織に特有な粘膜免疫機構が発達しているとされている。粘膜免疫機構は,腸管上皮細胞間に存在するリンパ球であるγ,δ-T細胞がhsp60を認識して,活性化されると考えられている。これらのことから,ワクチンと生理活性物質との併用投与区の腸管では,投与後のhsp60レベルが上昇して粘膜免疫機構が活性化されているのではないかと推察された。ワクチンと生理活性物質とを併用投与すると,腸管のhsp60レベルが上昇し,粘膜免疫系の活性化を促進して延命効果が高くなるのではないかと思われた。いっぽう,腎臓では対照区の感染後のhsp60レベルが上昇した。腎臓のhsp60は前章のブリの腸球菌症の試験感染においても感染前では低く,感染後に高くなった。また,脾臓ではワクチンとcurdlanの併用投与区および対照区の感染後のhsp60レベルが,高い値を示した。したがって,腎臓および脾臓のhsp60は粘膜免疫機構の発達した腸管とは異なり,炎症組織の保護と修復に関与するシャペロニンとして機能していると思われた。腎臓および脾臓のhsp60レベルが高い病魚では,炎症が沈静化されておらず,細菌感染によるストレスが高い状態にあるのではないかと推察された。これに対して,ワクチンと2種の生理活性物質の併用投与区では,感染前と感染後の生残魚の腎臓と脾臓のhsp60レベルに有意差は認められなかった。したがって,併用投与区の病魚の腎臓および脾臓の感染によるストレスは,低いと思われた。これらのことから,ワクチンと生理活性物質との併用投与では,感染後のヒラメにおいて症状が発現しなかったか,あるいは治癒傾向にあったと推察された。ワクチンと生理活性物質の経口投与は,単独では十分な防御効果は得られないが,併用によって血中抗体価,白血球の貧食能および試験感染に対する有効率も高くなった。また,感染後の病魚では症状が発現しないか,発現してもそれらは治癒傾向にあったと推察された。したがって,ワクチンと生理活性物質を併用した経口投与法は,ヒラメの本症に対する有効な防御手段となるのではないかと思われた。
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