日本産のアカハラ (Turdus chrysolaus), とくに富士山麓で繁殖する個体群について
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概要
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アジア東北部には, シロハラ群に属する4種のツグミが分布している。すなわち, アムール下流地方・ウスリー・中国東北部・朝鮮半島のシロハラ (Turdus pallidus), 中部および東部シベリアのマミチャジナイ (T. obscurus), 日本・樺太・千島のアカハラ (T. chrysolaus), および伊豆諸島のアカコッコ (T. celaenops)である。これら4種は, 渡りの途中や越冬地では混合するにもかかわらず固有の形態を保っているために, 同一上種に属する別種と考えられている。しかし, 繁殖地が異なっているために, 同一種の亜種とする見方もある。 マミチャジナイは, 富士山麓で繁殖しているという説がある (e.g. 松山, 1930; 清棲1932,1954,1965).日本烏類目録改訂5版 (1975) は, 富士のマミチャジナイはアカハラであろうと考えた。しかし, もし富士でマミチャジナイが繁殖しているならば, アカハラとマミチャジナイの繁殖地は大幅に重複することになり, 両者は同一上種内の種または同一種の亜種の関係ではなく, 完全な別種として取り扱わなければならない。 この見地から, 小林桂助氏, 胡小川三紀氏および筆者の採集した富士の標本と, 日本国内に所蔵されている日本全土・樺太・千鳥・中国東北部産のアカハラおよびマミチャジナイの標本とを集めて比較した結果は, 次のとおりである。 富士山麓で繁殖期に採集されたアカハラの雄には, 喉が暗黒褐色の"成鳥型"(sooty male)と, 一見雌に似て喉に褐色縦斑のある"幼鳥型"(brown male)とがある。どちらも精巣は大きく肥大し, 実際に繁殖していると思われた。雌はアカハラの雌によく似ている。マミチャジナイの有力な特徴とされる眉斑は, 富士の雌では不安全ながら大部分の標本に存在したが, 富士以外のアカハラの雌でも時々存在し, 雌ではアカハラとマミチャジナイの区別点とならない。いっぼう, 雄の成鳥では眉斑はマミチャジナイの標徴であるが, 富士の雄は成鳥型も幼鳥型も眉斑がない。胸および脇の色は, アカハラでは濃い赤褐色で, マミチャジナイでは淡橙黄色である。多数の標本について比較すると, 胸および脇の色は雄雌ともに非常に安定した標徴であり, 種の識別に有効である。この点で, 富士の標本は成鳥型の雄・幼鳥型の雄・雌のすべてがアカハラと同色で, マミチャジナイとは異なる。清棲 (1954) は, 白い眉斑のあることと腹のキツネ色の淡い点から幼鳥型のアカハラをマミチャジナイと断定しているが, これは間違いである。マミチャジナイの雄成鳥は一見してアカハラと識別でき, 混同されることはないであろう。筆者の知る限りでは, マミチャジナイの雄成鳥が繁殖期に日本で採集または観察されたことは一度もない。要するに, 富士で繁殖しているのはすべてアカハラと考えられ, マミチャジナイは日本で繁殖していない。 生物学的に興味のあるのは, 幼鳥型の雄の存在であろう。幼鳥型は, 背面が著しく灰色に富んでいる以外は, 第1回冬羽の幼鳥に似ている。背面の灰色はおそらく羽毛の麿耗によるのであろう。したがって, 何らかの生理的な原因で, 第1回冬羽のまま繁殖していると考えられるが, 型(morph)である可能性も否定できない。成鳥型と幼鳥型は中間型によって完全につなるので, 両者は別個の個体群ではなく, また遺伝的な要因も働いているとすれば, かなり複雑な要因が考えられる。樺太・千島のアカハラでは, 幼鳥型の比率は富士におけるほど高くない。 分類学的な取り扱いについては, もう少し互の類緑関係が明らかになるまで, 同一上種の別種としておくのがよいであろう。
- 1982-12-01
著者
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