フィリピンの林野制度 (I) : スペイン植民地期(林学科)
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概要
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(1)スペインの最初の植民地政策は重商主義政策にあり, その狙いは対外貿易の独占と原住者農民の収奪政策にあった。植民地主義者は総督・教団僧などからなっていた。フィリピン植民地化当初, そこには統一国家はなく, 土着民は酋長を頭とした村落を中心に生活していた。そのなかでは, 原始共同体が崩れ, 封建的諸関係が発生しかけていた。スペインは植民地化に伴い, このような土着民のおくれた伝統的社会関係を政治的に温存, 利用することに努めながら, 露骨な支配制度としてのコンエミエンダ制, 後に総督制下に地方統治制度(=州制)を成立して, 農民達に重税を課しきびしく搾取した。そしてスペインはフィリピンの植民地化過程の中でそこの経済開発・資本主義発展を無視し, ただ19世紀初葉に至るまで重商主義による商業利潤の獲得を目的に対外貿易を独占・制限してフィリピンの経済発展を阻害した。そのためにフィリピンの主要産業である農業は, とても停滞化し, 発展的萌芽などなかったのである。だが, 19世紀中葉からはヨーロッパ諸国での産業資本主義発展の影響により, スペインのフィリピンに対する重商主義的経済政策の状態も, 段々と変化してきた。その結果, 門戸解放が実現し, 商品経済が全島に波及するにつれ積極的な経済開発, とくに輸出を目的とした砂糖などの農業生産が活発化した。ところでこういう農業の発展に伴う林業の発展はどうであったのか。フィリピンはスペイン進出前から広大にして豊富な森林資源に恵まれ早くから資本制的採取林業成立の基盤をそなえていたが, スペイン進出後の経済の発展が全般的にとても低くかったため, 木材生産・流通はとても停滞化していた。木材生産は, 土着民により小規模に営まれ, しかもそれは農業開発に伴う副次的なものが多く, 生産のほとんどは地元需要であった。商品としての木材生産は特殊需要としての堅材中心で, その生産量はわずかであった。このように木材生産が停滞化したのは, スペイン支配者の目的が重商主義・産業資本主義時代を通じ主として農民収奪に集中したので, その結果林業開発がきわめておくれることになったからである。以上のように農業の発展・林業の停滞がみられるなかで, まず農業的林野制度はどうであったかについて論じよう。(2)スペインはフィリピン植民地化とともにこの植民地をスペイン国王の所有と宣言し, その結果全国土の国有化を制度的に実現することになり, 広大な林野も国有林野として支配されることになった。当時の重商主義政策下で国王の命を受けた総督は, さっそく軍人・教団僧などに対しエンコミエンダ制・教団土地所有制, また土着の酋長にはカシケ制といった一種の国有地無料払下制度でもありかつ農民の土地収奪制度である農業的林野制度の強行により, 国有地(=国有林地)の私有地化を実現した。土着農民には土地の占有権が与えられた。そういった封建色の強い農業的林野制度の下での農業生産は農民の再生産をも不可能におとし入れるほどに権力の搾取があったので, 18世紀末までのフィリピン農業は, ほとんど発展しなかった。その原因として他にフィリピンの対外貿易が独占・制限されていたことにもよる。19世紀に入るとスペインの植民地政策が重商主義政策から積極的な産業振興の産業資本主義政策へと変化してくると, 砂糖などの輸出部門の農業生産は一層活発となり, 大経営も現われはじめた。こういった農業開発に対して新・旧国有地払下地への地券発行といった近代的土地払下政策も段々ととられる形勢になってきた。スペイン政府の法律は, 不十分ながらも国有地・私有地の所有区分をやや明確化するようになってきた。当時の土地所有権の確認行政(=地券整理)の成果は, 資本主義の発展が低いことを反映して, 不徹底であった。農業発展の過程は, いってみれば国有林地農地化の過程でもあった。スペインはこの国有林野の農業的開発を契機にして植民地支配の強化のために制度上から土地利用区分の明確化をせざるをえなくなり, そのために農業的林野制度の整備問題が必然性をもって生起することになったのである。それではつぎにこの制度におくれて成立した林業的林野制度について述べよう。(3)19世紀に入るまで国有林野資源の調査は, スペインの重商主義的植民地政策による社会経済, とくに農業の全般的たちおくれを反映してほとんどなされていなかった。ところが, 19世紀になってからの産業資本主義政策による積極的な経済開発, とくに農業開発の伸展に対応して土地所有権確認のための地券整理(=国有地・私有地区分)がとられるようになると, 国有林・私有林が制度的にはっきりしてきた。不十分ながら森林調査も行なわれ, 森林のほとんどは国有林によって占められ, 私有林はほんのわずかであった。
- 1972-12-01
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