「そして私は憎まれ、迫害されている民族に属している」 : 『ユリシーズ』における反ユダヤ主義
スポンサーリンク
概要
- 論文の詳細を見る
現代シオニズムの父であるセオドア・ヘルツルがブダペストで生まれた1860年には、ヨーロッパで反ユダヤ主義は激しくなかった。ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』(1922)は、反ユダヤ主義の文書として読むことが出来る。レオポルド・ブルームは言う: 「そして私はある民族に属している、憎まれ、迫害されている民族に。今もだ。まさにこの瞬間も。まさにこの一瞬でも」 (U12.1467-68)。どれほど真剣にブルームはこのように述べているのだろうか?本論は、『ユリシーズ』における反ユダヤ主義への言及を探求したものである。高名な伝記作家でユダヤ系アメリカ人リチャード・エルマンは、ジョイスがオットー・ヴァイニンガーの『性と性格』(1903)やモーリス・フィッシュハーグの『ユダヤ人:民族と環境の研究』(1911)を読んだというごくわずかな証拠のみ提供した。しかしながら、「女性的なユダヤ人男性」や「自己憎悪するユダヤ人」というヴァイニンガーの学説やフィッシュハーグのユダヤの文化的多様性についての主張はジョイスを感化し、ブルームの複雑な性格を創作した。ニール・R・デイヴィソンが論じているように、ブルームは「異民族間結婚」して、改宗し、自分のハンガリー系ユダヤ人の素性や宗教について正確な知識をほとんど持っていない。それでも、ユダヤの子孫として、彼がアイルランドのナショナリストや反ユダヤ主義者に嘲笑されることは避けられないのである。フィッシュハーグの主張では、ユダヤ人とは単一民族ではなく、その宗教はいかなるナショナリズムの根拠であるべきではない。ヴァイニンガーが述べる民族と性の関係のいくらかは「キルケー」(第15挿話)に決定的に現れる。この論考では、『ユリシーズ』における上記の2つの書物の考え得る影響関係を再考している。ジョイスは、ハンガリー系ユダヤ人という素性を持つ非ユダヤ的ユダヤ人レオポルド・ブルームを創造した。ブルームは同化したアイルランド系ユダヤ人だが、人々は彼を自分たちから区別し、嘲ろうとする。このことは恐らく、当時、ほとんどのユダヤの子孫たちが直面した状況なのであろう。ヨーロッパ諸国のナショナリストたちはユダヤ人を殉教者として必要だったのである。古代のユダヤの人々がイエス・キリストを必要としたように。
著者
-
伊東 栄志郎
Center for Liberal Arts Education and Research, Iwate Prefectural University
-
伊東 栄志郎
Liberal Arts Center Education and Research, Iwate Prefectural University
関連論文
- 「そして私は憎まれ、迫害されている民族に属している」 : 『ユリシーズ』における反ユダヤ主義
- 『ジァコモ・ジョイス』における反ユダヤ主義と反フェミニズム
- レオポルド・ブルームはユダヤ系フリーメイソンなのか?
- 進行中の「蟻とキリギリス」と『死者の書』 : Finnegans Wake 試論
- Nationalism in Ulysses and Kenji Miyazawa's Works
- 『ユリシーズ』第7挿話論 : フェニックス公園殺人事件とスティーヴンのプラムの寓話
- 『ジァコモ・ジョイス』における反ユダヤ主義と反フェミニズム
- 「我は蜂起者にして生命なり」 : 『ユリシーズ』第6挿話にアイルランド愛国主義を読む
- Diaspora Jews in Joyce's Dublin : Irish Jewish Lives Described in Ulysses
- How Did Buddhism Influence James Joyce and Kenji Miyazawa?
- イスラエル的及びイスラム的要素でダブリンを描く : ジェイムズ・ジョイスの多国籍モダニティ
- 「快い哲学」 : ジョイス作品における宗教的アイデンティティの和解
- アイルランド性のアジア性を意識すること : ジョイス周辺のアイルランド人オリエンタリストたち
- CALL English Courses in the General Studies Program : A Case Study in Iwate Prefectural University
- CALL English Courses in the General Studies Program: A Case Study in Iwate Prefectural University
- Mediterranean Joyce Meditates on Buddha