セラム・アンボン島(モルッカ諸島)の蘚類フロラ, V.クジャクゴケ科
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概要
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東京大学とインドネシア科学院ボゴール標本館との協同事業として, 1983年から1986年にかけて合計三回にわたりインドネシア国セラム島・アンボン島の植物相の調査が行われた。著者は1984-5年および1986年の2回, 合計6カ月にわたりこのプロジェクトに参加し, 両島より多数の蘚苔類標本を収集した。この標本に基づいて両島の蘚苔類植物相について順次発表を続けているが, 本論文はその第5報に当たりクジャクゴケ科についての報告である。アンボン島はニューギニア島の西に位置する小さな島である。ニクズクやチョウジといった香料の集散地として大航海時代より有名であり, 古くから開けた島なので自然の植生はほとんど残っていない。従って我々の採集品もそのほとんどは隣のセラム島からのものである。セラム島はアンボン島のすぐ北にある島で, 四国ほどの大きさがある。島の大部分が石灰岩からなり, また中央部には3000mに達する高い山脈を有している。島内の交通手段は発達しておらず, 村から島の中央部への移動にはもっぱら徒歩が用いられる。集落のほとんどは海岸にあるが, 村から村への移動もまた容易ではなく, 一度アンボン島に戻り再びセラム島へ向かうほうが便利な場合が多い。この移動の困難さに加え, 植物採集を目的とする我々は奥地へ徒歩旅行する際に古新聞紙やアルコールを必要とするため, 滞在中何度も両島の間を往復することになった。このような交通の不便のため, 滞在日数に対して採集に費やせる日数の割合は著しく低くなる。しかしながら移動が徒歩に限られると, かえって綿密な採集が可能となる利点がある。我々の採集品中にはこれまであまり採取されたことのない低地や海岸沿いの標本が多いのはそのためである。内陸部へと旅行するときは, 村人が日頃利用している深い森の中にほそぼそと続いている小道をたどり村から村へと移動して行く。我々はインドネシア内務省や警察から通行許可等を得ているので, 訪れた村の村長の世話で村人の家に世話になることが多いが, それも標高600mを越えると村がなくなるため(斜面が急であること, 気温が低くなり作物が育ちにくいこと, 生活用水を得にくいことなどがその理由), 森の中で野営することになる。野営の際には何本かの木を切ってテントをつくる。その際に普段は目につきにくい樹上着生の種を得ることができ, またテント設営を待つ間付近を丁寧に探し回ることができる。つまり野営することで行動は制約されるが, 山間部でも綿密な採集が可能なのである。沐浴(マンディー)あるいは飲み水を確保するため野営地は一般に渓流のそばが選ばれるから, 蘚苔類にとって好適な環境での採集品も多い。本論文で扱ったクジャクゴゲ科はそういった渓流に近い場所に多く見られる植物群である。我々の採集品中からクジャクゴケ科植物としては5属を確認した。論文中には属・種への検索表とともに従来よく理解されていなかった種について記載を与えた。そのうちの4属, ソテツゴケ属(Cyathophorella), キダチクジャクゴケ属(Dendrocyathophorum), クジャクゴケ属(Hypopterygium), ナゼゴケ属(Lopidium)は日本にも産する。また日本にはないCyatophorum属のD.spinosumは東南アジアに広く分布している種である。木種はこれまで胞子体が知られておらず, その帰属が不明であった。長い間ソテツゴケ属として扱われてきたが, 胞子体の検討によってCyathophorum属の特徴を備えていることが分かり, 新組替え名を提唱した。この組替え名は「ボゴール(旧名プイテンゾルク)蘚類誌」の著者として有名なフライシャー博士(M.Fleischer)により, 彼の発行した標本集の標本ラベルにおいてすでに提案されていたのだが, basionymを記していないのでこの組替えは無効である。フチナシクジャクゴケDendrocyathophorum paradoxumは, 疎らではあるが分枝する茎を持つ点でクジャクゴケ属に, 一方胞子体の特徴ならびに葉に舷が見られない点などでツテツゴケ属に似ており, そのため独立の単型属として認識されている。しかしながら, ソテツゴヶ属の種であっても時に分枝することがあることを考慮すると, 属としての独立性については再検討が必要と思われる。現在ライデン標本館のクリエール氏がソテツゴケ属およびその近縁属についてのモノグラフを準備中であるのでその結果が待たれる。現地での著者の観察によると, クジャクゴケ属はもっぱら地上生で, 条件が良いと大きな群落をなす。セラム島に生育する種はH.aristatumをのぞき胞子体をつけることはなく, もっぱら栄養繁殖に頼っているようである。フチナシクジャクゴケ属もやはり地上生であり, セラム島では山地林内の石灰岩の岩壁の基部で一度だけ採集することができた。そこでは石灰岩の風化した土壌が薄くつもった岩の上に生育しており, 上部からしたたる水によって常に濡れている場所に疎らな群落をなしていた。残りの3属は山間の小五/textarea></td></tr><tr><td width="50%"><a href="help_create_kiji.html#abse" target="help">ABSE [抄録(欧)]</a></td><td width="50%" colspan="2"><textarea name="abse" cols="45" rows="5" tabindex="18">Mosses of Seram and Ambon islands collected on our botanical expeditions are discussed. This fifth report deals with the Hypopterygiaceae (nine species of the Cyathophorella, Cyathophorum, Dendrocyathophorum, Hypopterygium and Lopidium). A new combination, Cyathophorum spinosum (C. Muell.) H. Akiyama is proposed.
- 1992-12-30
著者
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