Impatiens siamensisについて
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概要
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この報文は、昭和57年度文部省科学研究費海外学術調査(No.57041073)および昭和58年度同調査総括(No.58043020)によっておこなわれたタイ国植物調査の成果の一つである。Impatiens siamensis T. SHIMIZU(ツリフネソウ科)は、1977年、タイ国Surat Thani県およびKanchanaburi県の標本をもとに、2個の翼弁が合着し、しかも唇弁の距が長く伸長することを特徴として、命名・記載された。Impatiensの中で、翼弁が合着する群(以下、仮にMicrocentron群と呼ぶ)は、ビルマ・インドシナ・タイ・西マレーシア・スマトラ北部に30種余が知られ、唇弁の距はその本体より常に短い。この点、I. siamensisは例外的であると云える。ところで、DE CANDOLLE(1824)以来、Impatiensの雌ずいは5心皮性、子房は5室というのが定説であって、以来、子房の構造は分類学上格別に注意は払われなかった。われわれは、最近、Microcentron群においては子房が4室であることを知り、1982年、I. kerriae, I. psittacinaなど8種についてこの事実を報告した。一方、Impatiensの胎座は中軸胎座であり、胚珠は1室に1列多数というのがBENTHAM(1862)以来の定説であった。事実、著者の一人高尾(1975)が、I. wallerianaについて、また、GRAY-WILSON(1980)がI. gordoniiについて、胚珠が2列性であることを報告したのが例外的なケースであった。われわれは、Microcentron群について同時に胚珠の配列状態も観察したが、I. kerriae, I. larseniiは常に、I. hongsonensisは時に胚珠が2列性であることを知った。そこで、Microcentron群の中で例外的な花をもつI. siamensisの子房の構造が問題になるところである。観察の結果は、やはり子房は4室であり、胚珠の並び方は、子房室によって2, 3, 4列の3通りがあり、各列に1〜6個ずつの胚珠のあることが確かめられた。不稔の子房室は認められなかった。胚珠が1室内に3列または4列という事例は本種が最初の例である。複合子房において、進化は、胚珠数の減少、不稔の子房室の出現へと進むという通説に従えば、I. siamensisは子房の形質に関して最も原始的なImpatiensということになる。Impatiensの種子の表面もようは、すこぶる変化に富む。I. siamensisの種子は、やや扁平な卵形で長さ1.5mmほどであるが、全面に単純な微細突起と複雑な大型突起をもつ。走査型電顕による観察の結果は、この大型突起はらせん紋様をもつ単細胞突起の集合体であることを示している。このような大型突起は、今のところMicrocentron群には見られていない。I. violaefloraやI. chiangdaoensisなど、葉が互生し、花が紅紫色で2この翼弁が離生し、唇弁の距が細長くのびる群(仮に、Macrocentron群とよぶ)の種子には、微細な単純突起とともにらせん紋様をもつ大型突起が特徴的であるが、I. siamensisの種子の大型突起は、むしろmacrocentron群の大型突起を単位として作られているようにみえる。ちなみに、Macrocentron群は、ビルマ・インドシナ・タイに集中的に分布している。I. siamensisの染色体数は2n=34を数え、I. ridleyi, I. psittacina, I. mirabilisなどMicrocentron群のそれと同じである。これを要するのに、I. siamensisはインドシナ半島を中心に分布するMicrocentron群とMacrocentron群の形質をあわせもつ特異な種ということができる。
- 日本植物分類学会の論文
- 1984-05-29
著者
-
清水 建美
Biological Institute & Herbarium (SHIN), Shinshu University
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清水 建美
信州大学教養部生物学教室
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清水 建美
Shimizu Botanical Laboratory
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