四倍体における細胞質雄性不稔の遺伝 : 第XV報 甜菜の倍数性品種に関する研究
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概要
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てん菜の三倍体雑種は、両親である二倍体および四倍体系統の適当な組合せを選ぶならば優れた可製糖量を示す事が知られている。またてん菜は他殖性作物であるから、純粋な三倍体種子を生産するためには何らかの花粉管理を行なうことが必要である。細胞質雄性不稔性はすでに二倍体一代雑種種子の生産や二倍体雄性不稔×四倍体花粉親なる交配形式による三倍体の採種などに利用されている。しかし四倍体レベルにおける雄性不稔性の育種的利用はいまだほとんど試みられておらず、遺伝研究もきわめて少ない。著者らは前報で、四倍体雄性不稔×二倍体花粉親という交配形式による三倍体の採種がきわめて純度の高い三倍体を効率よく生産するのに有効であることを報告した。今回は四倍体雄性不稔の育種的利用の基礎として、細胞質雄性不稔性の四倍体レベルにおける遺伝分析並びに細胞学的調査を行なった結果の報告である。まず、四倍体レベルでも二倍体レベルにおけると同様に、細胞質遺伝子(S)と核遺伝子の相互作用により、各種の雄性不稔型を生ずることが相反交雑によりたしかめられた。四倍体てん菜間交雑であるH-19MS(4X)×H-4002および四倍体てん菜と四倍体野生ビート間の交雑である4M-60×BM-4Xの2種の交雑組合せについて核遺伝子XおよびZがS細胞質にもとづく不稔性についての花粉稔性回復に関与していることが認められた。F_1における2種の交配型により次代に於ける各種の不稔型の分離を調べた結果、XおよびZによる4染色体遺伝に従うことと、各観察値が、XおよびZについて、パラメーターαのとり得る最低値(α=0)と最高値(α=1/7)によって試算される2つの期待値の中間値となることが明らかとなった。更に部分不稔-a型から正常型への花粉稔性の向上についても別の変更遺伝子の関与していることが考慮されたが、四倍体てん菜間の交雑では、部分不稔-a型にとどまる場合が多く、この点二倍体における場合とやや異なった。しかし基本的には2遺伝子により花粉稔性回復を生ずることが二倍体および四倍体レベルで共にたしかめられたことになる。四倍体雄性不稔系統の中には染色体数が不安定でかなりの異数体を生ずる場合があった。しかし母系別に後代の染色体数を調べた結果、正常細胞質の四倍体系統におけると同様な四倍体純度を示す母系も含まれていたので、必らずしも雄性不稔性が染色体数不安定性と関連があるとはいえない。雄性不稔四倍体において、第1分裂中期に四価染色体が形成され、第1分裂後期に染色体数の異常配分を生ずる場合があるが、これらの染色体異常が、完全不稔型や部分不稔-b型のごとく花粉が全く不稔となる原因になるとは考えがたい。各不稔型について小胞子発育過程を調べた結果によると、不稔型では四分子期以降まづ葯壁のタペート細胞に何らかの異常がみられ、さらに進んで葯壁組織の退化が起ったり、葯隔の柔組織や維管束の崩壊に進む場合があった。タペート細胞の異常型としては完全不稔型では、種々の型のtapetal plasmodiumが形成され、また部分不稔-b型では、タペート細胞の肥大に続いて、崩壊が遅れ、葯壁に帯状に付着して残存する現象がみられた。部分不稔-a型はもっとも変異に富み、一個体或は一花内に種々のタペート異常型が混在する場合がみられた。極端な場合には、タペート細胞が花粉母細胞の分裂以前に退化するものと、ほとんど正常に崩壊をする場合が1個体内に混在することがあった。これらの観察を通じて、種々の雄性不稔型を生ずるのは、おそらくタペート細胞を通じての花粉への栄養分の供給が小胞子の各発育時期に何らかの阻害を受ける事によるものと考えられる。四倍体においては、タペート細胞の異常型はやや変異に富む如くであるが、タペート細胞の異常と不稔現象が密接な関連を有している点は、二倍体の場合と同じであるといってよい。
- 日本育種学会の論文
- 1972-06-30
著者
-
木下 俊郎
北海道大学農学部
-
高橋 万右衛門
北海道大学農学部
-
高橋 万右衛門
北大
-
Childers W.R.
Ottawa Research Station, Canada Department of Agriculture, Ottawa, Ontario, Canada.
-
Childers W.r.
Ottawa Research Station Canada Department Of Agriculture Ottawa Ontario Canada.
-
木下 俊郎
北海道大学
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