野生ビート(Bata maritima L.)に見出された遺伝子雄性不稔性
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概要
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野性ビート(Bata maritima L.)はてん菜(Bata vulgaris L.)と同じVulgares節に属する近緑野性種で、褐斑病および萎黄病(Beet yellows)に対する抵抗性、耐旱性、耐塩性などの有用形質が含まれている事が知られている。またB. maritimaは、てん菜との交雑が容易で、F_1雑種の種子稔性が完全であるから、B. maritimaの優良形質をてん菜へ導入する育種が行なわれて来た。1962年にB. maritimaの一年生系統の中に白色で萎凋した葯を含む花よりなる雄性不稔個体(BM-2)が見出され、このBM-2を同一系統より生じた正常花粉稔性個体をもって授粉したところ、その後代に種々の程度の雄性不稔個体を生じた。これらは雄性不稔性の程度によりMS-I、MS-II、MS-IIIおよびMS-IVと記号化され、従来の部分不稔-a型(S.S.a)および正常型(N)を加えて6種に分類された(但しMS-Iは完全不稔型、MS-IIIは部分不稔-b型に相当する)。BM-2の次代に生じたMS-I型7個体、MS-II型およびMS-III型、それぞれ一個体は、これらと共に生じたN型個体により授粉された。交雑次代では、MS-I型からMS-IV型までの雄性不稔型とS.S.aおよびN型とを合せた正常型の2つに大別すると、雄性不稔:正常が1:1の比に適合した。また雄性不稔型としてMS-II型、あるいはMS-III型を用いても、MS-I型の場合と較べて、次代の雄性不稔性の分離様式に差異がみられなかったので雄性不稔の表現型の差異は主として環境要因にもとづくと考えられた。次にBM-2とH-19(てん菜単胚性系統)を交雑した結果、F_1がすべてN型となり、F_2では正常型(N,S.S.a)と雄性不稔型(MS-I〜MS-IV)の比が単遺伝子分離による3:1に適合した。これらの結果から雄性不稔性が単純劣性の遺伝子(ms)にもとづくことが明らかとなった。またBM-2よりの雄性不稔性は細胞質要素に影響されない核遺伝子のみによる雄性不稔性であることおよび毬果の単胚性に関与する遺伝子、mとは独立関係にあることがたしかめられた。雄性不稔性に関与する各種の核遺伝子との同定実験が行なわれた結果、まずms遺伝子は雄性不稔性細胞質、Sの中にあっても正常型細胞質、Nの場合における如く雄性不稔形質の発現に関与しており、花粉稔性回復遺伝子(XおよびZ)とは独立の関係にある事が明らかとなった。また、てん菜においてさきに見出されている2種の雄性不稔遺伝子の1つ、a_1とは対立関係がみられず、これとは独立の関係にある別個の遺伝子座位にあることが明らかとなった。BM-2個体後代或はBM-2×H-19のF_2で分離した正常型と雄性不稔型の個体間で着粒率を比較すると雄性不穂型の方が明らかに低く、これはMS-I型或はMS-II型中に含まれる未開花の花によると考えられた。F_2の雄性不稔型個体間では着粒率の変異の幅が極めて大であるので着粒率の良好な個体を選抜し得る可能性が高い。完全不稔型個体(MS-I)の花における小胞子の発達を調査すると、一般に減数分裂四分子期を経て花粉膜形成期に至るまで形態的には正常型と明らかな差は生じなかった。花粉膜形成が終る頃にMS-I型では葯壁タペート細胞が肥大の傾向を示し、一部はややふくれて空胞を含みその後タペート細胞の核は消滅し、全く空胞化し、小胞子も発育を停止して不稔花粉となった。しかし細胞質雄性不稔C.S.型におけるようなタペート細胞のふくれ上る顕著なplasmodium化はみられなかった。MS-I型あるいはMS-II型個体の中には、タペート細胞の異常が花粉母細胞減数分裂期におこり、花粉4分子期にタペート細胞が空胞化することが観察された。このような個体では花序の一部が未開花に終る傾向があり、その場合葯は葯壁組織がきわめてうすくなっていた。遺伝子雄性不稔性の育種的利用については0WEN(1954)の示したごとく複交配への利用がある。またms遺伝子による雄性不稔性の環境変異により、pseudo-MSの純系を養成し得る可能性もある。てん菜の三染色体植物と組合せて、ちょうど大麦で試みられているごとくbalanced tertiary trisomic systemの利用も考えられる。B. maritimaはこれまでてん菜とVulgares節以外の近縁種の交雑のおりにbridge hybridとして仲立ちをはたすことが知られているから、B. maritimaの雄性不稔性個体を母本として近縁種間交雑にも利用できる。
- 日本育種学会の論文
- 1972-02-29
著者
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