南アルプス産のPlagiochila pseudopunctata INOUEについて

概要

論文の詳細を見る
Plagiochila pseudopunctata INOUE はこれまで埼玉県秩父の石灰岩地だけから知られていたが, 今回, 長野県南アルプスの戸台周辺の石灰岩地でも見出すことができた。戸台周辺地域で得られた資料について詳しく検討した結果, 従来, 本種にごく近縁として別に記載されていた P. subrigidula INOUE は P. pseudopunctata の一生態型と考えられることが明らかとなった。本種は好石灰岩性のものではあるが, 生育基物は必らずしも石灰岩とはかぎらず, 石灰岩地域ないしはその周辺部にある砂岩, チャートなどの基岩上にもよく生育する。石灰岩上に生育する場合は光沢をもった褐色をし, 植物体が小型化し, 葉の縁の歯はやや粗大となる。この形の植物が P. pseudopunctata とされたものである。しかし, 石灰岩ないしは他の基岩上で土壌ないしは腐植土がたまったような場所に生育すると, 植物体がより長く, 3-6 cm となり, 黄緑色ないしはうすい緑褐色で, 葉は細長く, 縁の歯も ciliar な状態になる。この形のものが P. subrigidula (=P. rigidula) とよばれたものである。今回, 南アルプス豊口山で得られた資料は, 日陰地の湿った石灰岩上であるが, 上記した2つの形が混在し, その中間的なものもみられた。 Plagiochila pseudopunctata は本州, 四国の石灰岩地およびその周辺分布することになるが, 本種に最も近縁性をもつと思われる種類が北アメリカ太平洋岸のアリューシャン∿アラスカ∿ブリチッシュ・コロンビアにかけて分布する P. schofieldiana INOUE である。この両種は形態的にも生態的にも大変よく類似した点が多く, 変異性にも富んでいる。しかし P. schofieldiana は花被の背面に明らかな翼が発達し, 葉細胞は大形化し, 茎の腹面に仮根が全く発達しない。ヒマラヤ∿日本の高地にわたって分布する。 P. firma MITT. にこの両種とも近縁をもつが, 共に P. firma の分布限界附近で特殊化が進み, 日本では石灰岩地附近で P. pseudopunctata として分化したものと考えられる。〔附記〕南アルプス石灰岩地の蘚苔類については高木 (1953) ならびに高木ら (1970) に報告されている。特に高木ら (1970) はこの地域に産する苔類のリストを公表している。このリストの中で "Plagiochila orbicularis HATT." とされているものは, その資料を検討した結果 P. satoi HATT. であることが明らかとなった。また, このリストには含まれていないが, 戸台附近の石灰岩上には Lophozia diversiloba HATT. も富産する(例えば豊口山, INOUE 8935)。この種は本州の関東地方から西の 1000〜2000 m の高地に発達する石灰岩地に特徴的にみられるものである。
国立科学博物館の論文
1980-12-01

著者

井上浩
国立科学博物館植物研究部

南アルプス産のPlagiochila pseudopunctata INOUEについて

スポンサーリンク

概要

著者

関連論文

スポンサーリンク