爐甘石について : 漢方石薬の研究II
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概要
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炉甘石は明の本草学者,李時珍の大著,本草綱目に初めて現われた石薬である.しかし此の石はすでに宋の時代に鍮石(T'ou shih=真鍮製煉の際に銅に添加する)として用途が知られ,"倭鉛"と呼ばれて支那各地の銅の製煉所に搬入されていた.炉甘石の名は炉辺の炉に由来する.甘は気味(薬性)を現わすものである.炉甘石は現代の何に相当するものであろうか.各種の書に菱亜鉛鉱と苦灰石の共生混合物,菱亜鉛鉱,不純なる水亜鉛土等と見倣されているが炉甘石のModern termはしかと決定されていない.筆者らは炉甘石の鉱物学的,化学的性質を明かにせんと欲し,観察と実験を行つた.炉甘石の形状は豆状・扁桃状・腎状・ブドウ状・皮殻状その他不規則塊状をなし,白い粉塵をこうむり,触れると多少脂感をあたえ,質鬆粗で軽く,爪で傷つき,舌端を吸引し,水でうるほすも土臭を発しない.塊の内部は多くは不均質で純白・淡褐・黒褐等濃淡各色調のものが,縞状,同心状,蠕虫状をなし,その結果メノウ・孔雀石にみるような模様を呈する.炉甘石を構成する各部を肉限的に性徴に従つて分別粉末とし,検鏡の結果 1.水亜鉛土 2.苦灰石 3.褐鉄鉱の3種の鉱物より成ることを推定した.つぎに多数の薄片をつくり,上記鉱物の集合状態および分布の模様を観察した.水亜鉛土は短細な繊維状結晶で淡褐色透明,不規則状集合体または櫛歯状の並行集合をなす薄層が積み重り,他の鉱物中に蜿延屈曲しまたはこれを囲撓する.苦灰石はほとんど無色透明で晶質石灰岩にみるごとき粒状集合体をなし,特有の劈開がある.褐鉄鉱は赤隅色半透明ないし不透明で不規則状をなす.これらは苦灰石,水亜鉛土,褐鉄鉱の順に生成したことを知つた.すなわち前者は常に後者により交代されまたはその細脈により貫かれているからである.定性分光分析により炉甘石中より検出された元素はZn Na Mg Ca Fe Pb Bi Mn Al Ti Cu等であり,苦灰石の混入が認められる.次に定量分析の結果第1表及び第2表の数値を得,それより分子式を計算すればZn_5(CO_3)_2・(OH)_6・1/2H_2OとなりFord及Bradleyが提案した水亜鉛土の化学式とほとんど完全に一致した.なお炉甘石の白色部分のX線粉末写真を撮り対比試料と比較するにこれまた水亜鉛土と完全な一致を認めた.以上種々の観察実験の結果,炉甘石は菱亜鉛鉱そのものないしこれを多量に含むものではなく,不純なる水亜鉛土と決定された.炉甘石の産地は本草綱目によると四川省・湖南省・広西省・山西省等の諸地が挙げられている.筆者らは中国に於ける近来の産地については実地にこれを見ていない.しかし亜鉛鉱床の二次成物として結核状をなし,古代には真鍮製煉の用に供した程大量に産出したことから察すれば,おそらくは大陸性の気象がしからしめたもので長期間多照と乾燥とをくりかえすうち,鉱脈は細片にくだかれ結核状の形態をとるに至つたものと想像される.炉甘石の薬効については創傷,粘膜等に対し消毒・消炎・収斂の諸作用を逞しうするの効を有する.井上目洗薬は炉甘石を主剤としこれにRosaceaeの果実,その他の物質を混和糊状とし紅絹布に包み蛤貝中に密閉したものである.用法は紅絹布包1箇(約1瓦)を約2ccの水中に振出し使用するのである.このRosaceae果肉の有機酸は微粒の炉甘石成分と反応し,亜鉛その他の金属の有機酸塩となつて水に溶解する.未反応のものば液中に懸濁し,ともに眼瞼内に送られ,瞼内で反応を持続する.なお炉甘石中には前記の化学分析の結果からわかるごとく亜鉛以外に種々の金属を含みこれらの相乗作用によつて薬理学的に期待される効果は化学的純粋の皓礬を原料とする一般目薬に比して微妙な効能を発顕することが期待される.この点むしろ旧式のように見える漢方目薬がより合理的,より科学的であると云わねばならない.こゝにわれわれは"温蚊知新"の言葉を思い起すものである.
- 1953-01-01
著者
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