小笠原諸島におけるノボタン属の生態 : 新発見ムニンノボタン群生地の現況を中心に
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概要
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(1)1993年5月に父島で新たに発見されたムニンノボタン(Melastoma tetramerum)の群生地の現況調査を行った。また,比較のために,父島の初寝山歩道沿いの「最後の一株」周辺,母島のハハジマノボタン(M. tetramerum var. pentapetalum)の群生地でも同様の調査を行った。さらに,南硫黄島のノボタン(M. candidum)と北硫黄島のイオウノボタン(M. candidum var. alessandrensis)の文献データを加えて,小笠原諸島に産するノボタン属2種2変種の生態を論じた。(2)群生地に25m×40mの調査区を設け,この中に出現したムニンノボタン92個体の分布図を作成した。調査区外の13個体を加え合計105個体の樹高,樹冠の長径・短径,幹本数,地際直径,活力度,被陰度,花・果実の有無を計測した。ハハジマノボタン10個体についても同様の計測を行った。(3)群生地の個体は樹高,樹冠面積,地際直径などからみていずれも若い個体であり,サイズが比較的そろっていることからある時期に一斉に発芽した同令個体群である可能性が高い。各個体はおおむね良好な生育状態を示したが,中には自己間引きや生育環境の悪化で枯死したものも見られた。また,ほとんどの個体が成熟段階に達していた。(4)群生地の植生は組成的にリュウキュウマツ・ムニンヒメツバキ型高木林(二次林)に属すが,1980年代初めのマツノザイセンチュウによるリュウキュウマツの一斉枯死と1983年の17号台風による被害で林冠が大きく撹乱され,陽樹の侵入に好適な光環境が出現したと推定された。群生地の個体群はこの撹乱直後に周辺に生き延びていた親個体(未確認)から種子が一斉に散布され進出した可能性が高い。(5)現在,群生地には新たな芽生えが全く見られない。ムニンノボタンの発芽と初期生長には適度な湿り気と光条件が保たれることが必要であり,森林の撹乱によって一時的に生じたこのような環境を渡り歩きながら個体群を維持する更新様式が示唆された。一方で,長期的な乾燥傾向により父島では発芽に好適な条件が発生する頻度が減っていることが推測された。(6)群生地では上層の樹木の樹冠が回復するにつれ,ムニンノボタン個体の中には被陰されて枯死するものがでることが予想される。また,撹乱以前にはなかった帰化種のキバンジロウの幼個体が多数侵入しており,今後,この種の優占度が高まるとムニンノボタンが圧迫される恐れが大きい。なんらかの保護策が必要になるかもしれない。(7)初寝山歩道沿いのムニンノボタン「最後の一株」の生育地はシマイスノキ型乾性低木林にあり,微地形的に生存の好条件が保たれた希有な場所であったと考えられる。この株は1995年に枯死した。(8)母島のハハジマノボタンは主稜線の雲霧帯にのみ分布し,調査した10個体はいずれも大型で古い株であった。南硫黄島のノボタン,北硫黄島のイオウノボタンもそれぞれ雲霧帯を主な生育地としており,小笠原のノボタン属の生育地と雲霧帯との強い結びつきが示唆された。ムニンノボタンもかつて父島が大きくて雲霧帯が発達していた頃にはそこを主な生育地としていたが,その後の島の低平化と乾燥化により本来の生育環境を失い,種として衰退しつつあることが推定された。(9)ムニンノボタンの果実は細かい種子を多数含み,従来その種子散布は風によると考えられてきたが,現地での観察により鳥散布の可能性が高い。(10)小笠原のノボタン属2種2変種の相互関係,各種の祖先種の推定など分類学上の興味深い問題が残されており,遺伝子レベルの研究が待たれる。
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