家蚕における黒蛹の発現機構に関する研究
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概要
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家蚕における黒蛹の発現機構を知るために, BTその他数系統を供試して黒蛹の発現と環境要因との関係, 黒蛹の発現に関与する遺伝子の分析ならびに黒蛹の発現を支配するホルモン的機構などについて遺伝学的および生理学的見地から解明をおこなった.その結果の概要は次のとおりである1)黒蛹の発現は上蔟期から化蛹までの期間の保護温度の高低によって顕著な影響をうけ, この期間を15-20℃のような低温に保護するとBTの場合にはすべての個体において黒蛹色が発現する.これに反しこの期間を30-32℃のような高温に保護した場合には, 黒蛹の発現は完全に抑止されて全個体が正常蛹色となる.さらに25℃のような中間温度で保護すると黒蛹の蛹色濃度に連続的変化がみられ, 黒蛹色から正常蛹色にいたる種々の段階の蛹色のものが出現する.このような場合著者は便宜上蛹色濃度をI(完全正常蛹色)からV(完全黒蛹色)までの5階級に分けて観察記載した.感温期間を高温で保護するよりも低温で保護した場合に, 黒蛹色個体の発現率は大となるという点に関しては, 同じ黒蛹系統である支4号においてもBT系統の場合と同じであるが, 種々の温度に対する感受性は両者で異なり, 従って同一保護温度によって決定される蛹色濃度にも大きな差違が認められた.2)BT系統における黒蛹の発現に関与する遺伝子分析を行うために, 既知の種々の黒蛹系統と交雑し黒蛹個体発現の状態を調べた結果, BT系統における黒蛹の発現はso遺伝子によるものではなく, 支4号と同じくbp遺伝子によるものであることが判明した.しかしBTおよび支4号は同じbp遺伝子を保有しているにもかかわらず, 前述のように両者における黒蛹の発現は相当異なる.このような事実は黒蛹発現に対してbp遣伝子は主遺伝子であるには違いないが, 他にもこの発現を修飾するう遺伝的要因が存在していることを暗示している.そこで著者はBT系統と種々の正常蛹色系統との交雑をつくり, そのF_2における蛹色発現の状態を比較検討した結果, 同じbp遺伝子を保有していても遺伝的背景が異なる場合はに黒蛹の発現状態に差があることを証明した.3)BT系統を実験材料として黒蛹の発現に関してホルモン的機構が存在するか否かを確かめるため, 腹部第2環節の後方で結紮処理を行い, 結紮に伴う蛹色の変化を観察した.その結果結紮前半部内に黒蛹の蛹色を決定する内分泌系が存在することが明らかになった.つぎにこの内分泌系が結紮前半部のはたしてどの部分に存在しているかを知るために, 各環節ごとの結紮実験を行った.その結果これらの内分泌系は頭部から胸部第3環節附近までの間, すなわち頭胸部内に存在していること, さらに頭部内の器官が黒蛹色決定に重要な役割をなしていること, しかし頭部内の器官は直接に蛹色の決定を行うのではなく, 胸部に存在する第2の内分泌系を介して黒蛹が発現するものであろうということが暗示された.一方この黒蛹色決定ホルモンの臨界期を検索したところ, 化蛹前7-10時間頃にあることが判明した.4)結紮実験の結果判明した頭胸部内に存在する内分泌系の存在をさらに詳細に検討するために, 神経節の摘出, 神経連鎖の切断あるいは神経節の移植などを行い内分泌器官の検索を行った.その結果BT系統における黒蛹の発現は, 脳-胸部神経節連合体から分泌される黒蛹色決定ホルモンによって支配され, このホルモンは感温期間を低温保護した場合に分泌されて黒蛹を生ぜしめ, 反対に高温保護の場合には分泌が抑止されて正常蛹色蛹が発規することがわかった.5)ホルモン分泌の臨界期前後の各時期に脳から腹部第1神経節にいたる各神経節をそれぞれ個々に摘出し, 黒蛹の発現に関与する脳-胸部神経節連合体を構成する神経節の個々の役割を検討した.その結果脳は黒蛹の発現に関与する重要な器官であることは明らかであるが, 黒蛹色決定ホルモンの真の分泌源ではなく, 食道連合および神経連鎖を通じて後胸神経節からの黒蛹色決定ホルモンの分泌を促す働きをもつものと思わる.すなわち上蔟期以後の保護温度の高低が脳の機能に影響をおよぼし, 後胸神経節からのホルモン分泌を促進あるいは抑止して蛹色が決定されるものと考えた.黒蛹の蛹色の発現過程における脳の促進あるいは抑止作用が神経的なものであるか, それとも神経内分泌によるものであるかは明確ではないが, 脳摘出蚕における脳移植実験の結果から脳の機能はホルモン分泌のような作用を有するものではないと思われる.6)BT系統を用い4令期に頭胸間結紮を行って得た3眠蚕および4令期高温多湿度衝撃によって生じた3眠蚕の蛹色を調査したところ, いずれの場合にも上蔟期以後を低温保護しても黒蛹にはならず正常蛹色個体のみが発現した.これは眠性が4眠から3眠へ変化した場合に生ずる内分泌的機構の変化が, 蛹色発現に影響を与えていることを示すもので, 換言すればアラタ体ホルモンおよび前胸腺ホルモンは黒蛹色発現に対して密接なる関連を有し, 特にアラタ体ホルモンの機能低下は黒蛹色を呈すべきものに正常蛹色化する傾向を与えるものと推定される.7)BT系統以外のbpおよびso黒蛹系統における黒蛹発現の機構を調べた結果, 黒蛹発現におけるホルモン的機構を有するのはBT系統のみであることが明らかになった.一方BTにおいては上蔟期以後の保護温度の影響は先ず脳が感受してホルモンの分泌をうながし, さらにホルモンが組織に影響を与えるといった間接的感受であるが, 支4号における温度の影響は皮膚組織が直接温度の影響を感受し, 黒蛹色素形成に変化をもたらすものと推定された.またso黒蛹の発現はbp黒蛹の場合と同様に吐糸終了期以後の保護温度の高低によって支配されるが, 温度の作用に対する組織の感受性はbp黒蛹よりも弱い傾向が認められた.なおso黒蛹発現における温度の感受形式は支4号の場合と同じであると考えられる.8)さらに黒蛹発現の機構を詳細に検討するために, 種々の系統間において皮膚移植およびパラビオーシスを行った.皮膚移植においては, 移植片の蛹色は宿主の支配を受けることが判明し, さらにパラビオーシスの結果からBTにおけるホルモンの作用はbp遺伝子を有しながらホルモン的機構のない支4号などの黒蛹色発現においても影響をおよぼすことがわかった.9)黒蛹の発現に関与する温度と内分泌機構との関連をさらに広く検討するため, BT系統を用い催青温度および稚蚕期(1令〜3令), 壮蚕期(4令〜5令)の飼育温度について種々の組合わせの温度に遭遇させた場合における黒蛹の発現におよぼす影響を調査した.催青温度についてはその高低による黒蛹色発現への影響はみられなかった.しかし幼虫期の飼育温度の高低は, 黒蛹の発現に影響をおよぼし, その効果は椎蚕期よりも壮蚕期における場合の方が大であり, いずれも低温において黒蛹個体の発現率が大となった.さらに壮蚕期の飼育温度よりも上蔟期の保護温度の影響の方が, 黒蛹発現に強く作用していることが明らかになった.すなわち黒蛹の発現を助長する低温(20℃)の影響は稚蚕期よりも壮蚕期, 壮蚕期よりも上蔟期と令が進むにつれ次第にその効果が高くなり, 正常蛹色個体の発現を助長する高温(28℃)の影響は稚蚕期には殆んど認められないが, 4令, 5令, 上蔟期と令が進むにしたがって次第にその効果が大となる傾向が認められた.しかるに同じbp遺伝子を有する支4号においては, 黒蛹発現に対する幼虫期の飼育温度の影響は認められなかった.10)以上の実験結果を総合すると次のように黒蛹発現を説明できる.すなわち黒蛹が発現するためにはbp遺伝子あるいはso遺伝子の存在と上蔟期以後の低温保護という2つの条件がそろうことが必要である.bp黒蛹の1系統であるBTでは幼虫期の飼育温度および上蔟期の保護温度はホルモン的機構を介して黒蛹の発現に影響をおよぼすと考えられる.しかし他の黒蛹系統ではホルモン的機構は存在せず上蔟期以後の保護温度は直接皮膚組織に作用して, bpならびにso遺伝子の働きによる黒蛹色素生成に影響を与え黒蛹色が決定されるのであろう.昆虫における体色発現と環境要因との間には比較的はっきりした対応がみられるが, 外的環境要因とこれによって体内に生ずる内部的機構の変化との関係については従来明確な説明は得られていなかった.しかし本研究によりBT系統における黒蛹の発現機構を外的環境要因としての温度と内部的要因であるホルモン的機構との関連から明らかにすることができた.
- 鹿児島大学の論文
- 1964-12-28
著者
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