田口卯吉の貿易理論と関税政策
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概要
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鼎軒田口和吉(1855-1905)を取り上げたこれまでの研究は,かれを自由主義経済論を一貫して主張した経済学者であると評価している点で共通している。しかし,田口の自由貿易論の根拠となった経済理論については,古典派経済学を祖述したと評価されるのみで,かれが展開した理論の具体的内容に関する検討はほとんど行われていない。さらに,田口は輸出税の撤廃についてはその運動の先頭に立ったが,他方で輸入税の撤廃については積極的な発言・行動をとったことはなかった。なぜ田口は自由貿易論者のもっとも基本的な主張だと考えられる輸入税撤廃に対して実際的な行動を行わなかったのであろうか。田口の国際貿易に関する理論的主張を検討すると,かれはA. ペリーの誤れる「比較生産費原理」の矛盾を批判することによって反リカードを唱えたが,実際にはリカードとまったく同様の原理に基づく自由貿易の利益を独自に主張していたことがわかる。また,輸出入関税の経済効果についても,需要・供給関数を想定したうえで税の帰着について分析を加えるなど,田口の理論はマーシャル流ともいえる部分があった。このように,田口は貿易理論上はリカーディアンであったが,現実の政策への対応では,日本が保護主義的な政策を進めていく時期でも,その動向を黙認していた。これは,田口の政策的視野が貿易にとどまらず,外交,財政政策にまでおよんでいたことに原因がある。かれは財政改革を唱える一方で,日清・日露戦争時には主戦論を主張していた。軍事支出の削減を強く主張することができない以上,輸出税撤廃のみならず,重要な財源である輸入税の即時撤廃を主張することは,自らの政策矛盾を露呈する危険をもっていた。田口の行った理論的主張と政策的主張とのギャップは,かれの政策提言全体の整合性を保つためのものであったと考えられる。
- 1992-12-25
著者
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