十日物語の「呼びかけの言葉」 : パンピネアとエリサを通じて眺めた
スポンサーリンク
概要
- 論文の詳細を見る
パンピネアと云う名前は、ジョヴァンニ・ボッカチオの「十日物語」の中のパンピネア、フィアメッタ、フィロメーナ、エミリア、ラウレッタ、ネイフィレ、エリサなどの七人の婦人の語り手の一人である。そして、その名前が本名でないことも、「十日物語」の初日、序話の中の次の言葉によつて明白である。それは著者のジョヴァンニ・ボッカチオの言葉であって、「名前は、正当な理由で差支えないならば本名で語りたいところですが、そうできなかったと申しますのは、これから述べますところの、彼らの話したこと、彼らの聴いたことの記事のために、今後彼らのうちの誰かが放恣であったと云って非難されることは望ましくありませんし(中略)また賞讃すべきことにもすぐ非難を浴びせかける誹謗者に材料を与えて、これらの立派な婦人たちの名誉を少しでも傷つけることはしたくないからです」と云うものである。しかも、これらの偽名は語り手の性格を暗示するような意味をもった名前であることは、同じ場所で著者が「めいめいの話したことが混同することなく理解できるように、私はその一人一人の性格の全部または一部にふさわしい名前をつけることにしようと思います。」という言葉によつて明瞭である。しからば、パンピネアPampieaとは如何なる意味をもっているのであろうか。ジョヴァンニ、ボッカチオの研究の第一人者、ヴィットーレ、ブランカを初めとして多くの学者の一致した意見は、この名前はrigoglioso即ち精力のある、または力あるという意妹であると解している。さて、しからばジョヴァンニ・ボッカチオの云うようにパンピネネアの性格は果して、精力のある、力ある婦人としてその作品の中に描かれているであろうか。
- 1961-01-30
著者
関連論文
- 明治大正期の日本のダンテ研究
- イタリア語論
- 晩年のダンテ
- 十日物語の真髄(2)
- 現代イタリア美術について
- 十日物語の「呼びかけの言葉」 : パンピネアとエリサを通じて眺めた
- 十日物語の真髄(1)
- 国際イタリア語・イタリア文学連盟 第七回大会報告
- Problemi di lingua e letteratura italiana del Settecento, Atti del quarto Congresso dell'Associazione Internazionale per gli studi dilingua e letteratura italiana, Franz Steiner Verlag G M B H, Wiesbaden, 1965, pp.457
- 放浪の詩人ダンテ
- パキスタンのイタリア考古学者一行の発掘