脳卒中片麻痺患者の歩行運動における力学的エネルギー変換率を低下させる要因
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概要
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【目的】片麻痺患者が日常生活で歩行運動を機能的に行うために着目する視点として、エネルギー消費の効率性という視点も重要となる。重力環境下では歩行中の重心運動を力学的エネルギーで捉え、位置エネルギーと運動エネルギーの交換率として重力の利用率を評価することができ、重力を利用するほどエネルギー消費が少ない歩行と考えられている。今回は脳卒中片麻痺患者の歩行において、エネルギー変換率の評価を行い、その結果と身体・歩行特性との関連を検討することで、片麻痺歩行におけるエネルギー変換率を低下させる要因を解明することを研究目的とした。【方法】対象は初発脳血管疾患により、片麻痺症状を呈する53名(平均年齢60.9±12.9歳、発症経過日数平均148.0±79.6日)。失調症状や運動器疾患、著明な関節可動域制限があるもの、計測に影響を及ぼす高次脳機能障害を呈するものを除外規定とし、歩行が見守りから自立レベルのものを選定した。計測動作は歩行補助具を用いない裸足自由歩行とし、使用機器は三次元動作解析装置(VICON MX)、床反力計(MSA-6)を使用して、反射マーカーは11点のマーカーセットを使用した。エネルギー交換率(%R :%Recovery)は、計測より得られた身体重心から麻痺側立脚相での位置エネルギー、運動エネルギー、力学的エネルギーを算出し、各エネルギーを時間で微分した変化量から正の値のみ時間で積分した仕事量を算出し後に(WP:位置エネルギー仕事量、WK:運動エネルギー仕事量、WT:力学的エネルギー仕事量)、仕事量の数値をCavagnaらと同様に、{1- WT/(WP+WK)}×100の式中に代入して算出した。歩行特性のパラメーターとして、麻痺側立脚期における重心上下、左右幅、各関節モーメント(体重と身長にて正規化)の最大値、5歩行周期における歩行速度を算出した。身体特性の評価としてはFugl-Myer Assessment(FMA)を用い、分析には各パラメーター間での相関を有意水準は5%未満とし、Spearman順位相関係数を用いて検討した。【倫理的配慮、説明と同意】当院倫理審査委員会による承諾に従って、インフォームドコンセントのとれた対象者のみ計測を行った。【結果】%Rの平均値および標準偏差は32.3%±18.3%となった。 身体特性は、FMA:174.9±31.4点、歩行特性は、歩行速度:0.59±0.3m/s、重心上下幅:0.03±0.01m、重心動揺幅:0.08±0.3m、股関節屈曲モーメント:0.30±0.16Nm/(m・kg)(以下、関節モーメントの単位はNm/(m・kg))、股関節伸展モーメント:0.07±0.10、股関節内転モーメント:0.06±0.15、股関節外転モーメント:0.56±0.14、膝関節屈曲モーメント:0.14±0.13、膝関節伸展モーメント:0.25±0.27、足関節背屈モーメント:0.10±0.35、足関節底屈モーメント:0.64±0.2となった。%Rと各パラメーターの関係は、FMA (r=0.52、p=0.0012)、歩行速度(r=0.85、p<0.0001)、重心左右幅(r=-0.60、p=0.0002)、股関節屈曲モーメント(r=0.59 、p<0.0001)、膝関節伸展モーメント(r=0.58、p<0.0001)足関節背屈モーメント(r=0.42、p<0.0038)、足関節底屈モーメント(r=0.68、p<0.0001)に有意な相関が認められ、重心左右幅と各パラメーターとの関係では、股関節屈曲モーメント(r=-0.38、p=0.0058)、膝関節伸展モーメント(r=-0.37、p=0.0089)足関節底屈モーメント(r=-0.64、p<0.0001)に有意な相関を認めた。【考察】 %Rは重心上昇と加速に必要な仕事量のうち、重力の利用によって供給される仕事量の割合を反映する指標である。Cavagnaらや小宅らが報告している若年者群62%、高齢者群54%よりも本研究対象者である片麻痺患者群は低値となり、FMAとの正の相関を認めたことから、片麻痺症状による身体機能の低下が、重力を利用した効率的な歩行を困難にしていると考えられた。歩行特性に関して、歩行速度はより速くなることで、%Rは上昇しやすいと考えられており、片麻痺患者も同様の結果となった。これは片麻痺患者においても歩行速度の向上を目的に行う訓練の有用性を示唆している。重心動揺に関しては、上下幅で相関を認めず、左右幅で負の相関が認められ、片麻痺歩行の特徴である側方動揺の増加により、重心上昇や前方加速へのエネルギー変換を阻害していると考えられた。関節モーメントは%Rに正の相関、重心左右幅に負の相関を認めた股関節屈曲、膝関節伸展、足関節底屈に着目された。これらの関節モーメントに関わる筋群の弱化は立脚相での側方動揺を増加させる要因として考えられ、重力を利用した効率的な歩行運動の獲得するためには、立脚相におけるこれらの筋群の強化・再学習、装具等による補正が必要であると示唆された。【理学療法研究としての意義】片麻痺患者の歩行時におけるエネルギー変換率を阻害している要因を分析し、介入方法を考えることで、より効率的な歩行運動の獲得に繋げると考える
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