脳卒中片麻痺患者はどちらの足から歩き始めるほうが安全で効率的か:動的バランス指標Xcomを用いた分析
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概要
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【はじめに】立位から歩き始める動作(GI)は、足圧中心(COP)が遊脚側の後方へ変化し、足関節を軸として倒立振子が前方に倒れこむように質量中心(COM)が前方へ推進する。Hoff(2005)は、倒立振子モデルに基づく動的なバランス指標、推定質量中心位置(Xcom:extrapolated center of mass)を提唱した。そして、このXcomと支持基底面(BOS)の関係から、安定性限界(Mos:margin of stability)を算出し、動作の安定性を分析する手法が注目されている。GIでは左右の足が担う力学的役割が異なるため、片麻痺患者にとってGI時の開始足の選択は重要である。しかし、脳卒中患者がどちらの足からGIを行うほうが良いのかについて共通の見解は得られていない。今回、この二つのGI動作の違いを分析することで、どちらが片麻痺患者にとって有用であるのか、安定性・効率性だけでなく、麻痺側下肢に対する治療的観点からも検討することが本研究の目的である。【方法】対象は片麻痺患者15名(年齢62.7±9.5歳、発症期間138.8±61.9日、Fugel Myer Assessment下肢機能27.3±3.8点)であった。麻痺側下肢からのGIと、非麻痺側下肢からのGIを三次元動作解析装置・床反力計で計測し、動作時間、COM・COPの動き、Xcom、Mos、関節モーメントなどをウィルコクソンの符号順位検定にて比較した(危険率5%未満)。なお、解析区間は、COPが一歩目遊脚側へ最大に移動した時点から一歩目足部離地時(以下FO.1)を第1相、FO.1から二歩目足部離地時(以下FO.2)を第2相とした。XcomはCOMが向かう場所を示しており、MosはそのXcomとBOSの限界点までの距離である。XcomがBOSを超え(Mosが負)となれば、それは新たなBOSが存在しない限り転倒の危険があることを示す。また、XcomがBOS内であっても、COPを越えている場合はCOMの動きを制御しきれない恐れがあり、不安定であるということができる。【倫理的配慮】承認された倫理審査に従って、インフォームドコンセントが得られた患者に対してのみ動作の計測を行った。【結果】非麻痺側から歩き始めた際には、第1相でXcomが大きく前方へ移動するのに対し、麻痺側から歩き始めた際には、支持脚である非麻痺側へ留まっており、前方への移動はわずかであった。有意な差が見られたのは、第2相の動作時間(非麻痺側から:0.76±0.18秒、麻痺側から:0.95±0.27秒)、FO.1時の前方へのMos(非麻痺側から:-0.44±0.045m、麻痺側から:-0.16±0.047m)、FO.1の支持側へのMos(非麻痺側から:0.048±0.015m、麻痺側から:0.031±0.016m)FO.2の遊脚側股関節屈曲モーメント(非麻痺側から:0.093±0.035 Nm/kg/Ht、麻痺側から:0.134±0.086 Nm/kg/Ht)であった。COMやCOPの支持側への左右移動幅、歩幅、支持側下肢の足関節・膝関節モーメントの最大値には有意な違いはなかった。【考察】非麻痺側からGIを行った方がXcomの側方移動が少なくなる一方、前方移動が大きくなるため、より安定しているだけでなく、効率的であることが分かった。非麻痺側からのGIでは、一歩目の接地(新たなBOS)が非麻痺側となるため、たとえXcomがBOSから出たとしても、新たなBOSによって安定性が保証される。よって、COMは速やかに前方へ向かって進み、動作時間は早くなったと考えた。一方、麻痺側からのGIでは、支持脚(非麻痺側)後方にCOMが停滞し、次の支持基底面となる下肢(麻痺側)への移動が消極的になるだけでなく、大きな股関節屈曲モーメントを発揮して、麻痺側下肢を引き上げるようなGIを行っていることが分かった。このような動作パターンは片麻痺患者特有の、努力的な動作を助長するものであり、そのような代償的動作パターンは、リハビリテーションで培った姿勢制御能力を破たんさせる恐れがある。どちらの足からGIを行っても、支持脚の関節モーメントには有意な差が見られなかったため、非麻痺側からのGIであっても、麻痺側下肢は支持として十分な関節モーメントを発揮していると言え、やはり、非麻痺側からGIを行う方が、リハビリテーションの視点からも有効であると考える。【理学療法学研究としての意義】片麻痺患者の場合は、非麻痺側からGIを行った方が効率的であることが分かった。一方、麻痺側からのGIでは、非麻痺側優位な姿勢となり、麻痺側下肢の過度な引き上げやCOM位置の後方化が生じることが分かった。以上のことから、理学療法の視点からは、非麻痺側からのGIを指導することが有用であることが分かった。
著者
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