裾礁島における海岸平野の景観変化と人間居住
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概要
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海岸沖積平野の環境史は陸上生態系と海洋生態系の間の遷移的過程のなかにある.裾礁島の海岸平野は完新世後期,サンゴ礁の上方成長が海面に到達し,浜堤が形成されると急速に発達する.数年にわたるクック諸島ラロトンガ島の発掘調査によって,人間居住と海岸平野の地形発達との関係が明らかになった. (1)約6000年前の海岸線は,海岸平野の最奥,現海岸線から内陸500mの地点(平均海面上1.70m)に侵入しており,海岸平野の発達はその後の海退現象と関連している. (2)その後,間もなくオオハマボウ,パンダヌスが優占する海浜植生が成立した.この時期にさかのぼって,この島にはマングローブ植生が欠けており,その生態地位をオオハマボウの群落が占めていた. (3)4000年前から3000年前にかけて,サンゴの破砕礫からなる浜堤と州島が形成され,後背湿地や潟湖をもつ海岸平野が発達した.(4)初期的な人間居住の痕跡は,それら浜堤と州島の上で発見された.考古学的調査によって得られた最も早い居住は, 1030年前にさかのぼる. (5)内陸丘陵斜面における焼畑農耕によって森林破壊と土壌のラテライト化が急速に進んだ.豪雨などによって渓谷に滑落した土壌が,焼畑の炭化物とともに土石流となって海岸低地に運ばれ,堆積した.こうして渓谷の出口に小さな扇状地が複合的につくられ,現在の海岸平野が完成した. (6)おそくとも,300年前頃になると扇状地堆積が安定し,扇頂部にマラエ(祭祀神殿)が構築されて,谷筋を領有する社会単位(タペレ)が形成されたと考えられる.
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