比較政治体制理論と中東地域研究の調和と相克 : エジプト・トルコ・イスラエル
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概要
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はじめに:現代の中東は頑健な王制および権威主義体制の実例を数多く抱えている。ゆえに中東をフィールドとする地域研究者だけでなく、非民主体制に関心をもっ比較政治学者も引きつけてきた。 その結果、中東諸国を事例とした権威主義体制研究が増殖し、豊富化した。かつて「民主化の 例外地帯」「中東例外論」(Bromlcy 1995) として語られ、これを説明するために「イスラーム 的政治文化」までもが持ち出された頃と比較すると、隔世の感がある。なぜなら、民主化とい う一般的トレンドからの逸脱事例をその文化の固有性によって説明する態度は、統一的フレー ムワークによる比較の可能性を排除してしまうからだ。現在の権威主義体制研究は、安易な文 化論におもねることをよしとせず、社会経済の構造と動態や資源をめぐる政治エリート間のパワーゲームと相互作用、といった現象に焦点を当てて分析することで理論と事例の調和を志向 している。 中東諸国の政治に共通するひとつの特徴は、軍の存在感と影響力の大きさであろう。Bellin (2005) は軍部を合む抑圧装置の並外れた力と意思によって、あらゆる民主的イニシアティブが 弾圧され、その結果として権威主義体制が持続すると主張した。Rubin (2002) も文民統治を続 けている共和制国家においてクーデタを避けるため、軍に国内秩序を維持できるだけの力しか 与えず、その代償に戦争を遂行する武装集団として機能しえない、と論じた。中東諸国の軍隊 は権威主義体制を維持する協力者としてだけでなく、社会の余剰労働力を吸収する雇用先とし ても秩序の維持に貢献しているのだという。また、政軍関係は休制変動論や政治発展論においてフォーカスされるテーマでもある。ハンチントン(2006) が指摘するように、民主主義国に特徴的な「軍の政治介入と軍への政治介入の極小化」が権威主義体制において全く見られず、文民統制を著しく欠いている。それゆえ、軍部の政治領域からの隔離が民主化の重要な局面となる。しかしながら、イスラエルは軍部と 政治の結びつきが強いにもかかわらず、軍部は政府の文民統制を受け入れ、建国以降ずっと民主政治を維持している。したがって政軍関係と政治体制に関する一般的知見から判断すると、イ スラエルはアノマリー(変則)ということになる(Etzioni-Halevy1996)。政治と軍部の関係は、クーデタによって体制が変動し軍政に到るケースを検討する際に、と りわけ興味深いものとなる。アルゼンチン、ブラジル、ぺルー、ウルグアイ、チリ、ボリビア といった南米の国々では民主政治に代わって樹立した軍事政権が長期化した。この文脈に照らしたとき、二回のクーデタ後にすぐさま民政復帰を果たしたトルコのケースもまた、アノマリー になる。本稿で扱う課題は、一般理論から導出される権威主義体制の持続メカニズムを中東の事例研究によって検証するとともに、フォーマル・モデル(数理モデル)を適用してアノマリーとなっ た事例のロジックを解明することである。第l節では定量的手法と定性的手法の相互補完性について触れ、検証手段として過程追跡による事例研究の意義を述べる。第2節では大量観察型研究によってフォーマル・モデルの観察可能な含意を確認する。第3節ではエジプト、トルコ、 イスラエルの事例研究を通じてモデルの含意を実証する。最後に本研究から導かれた結果を整理し、残された課題を考察する。
- 2009-02-15
著者
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