中東諸国におけるグローバリゼーションと政治体制の頑健性 (柴田洋雄教授退職記念特集)
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概要
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はじめに:グローバリゼーションという切り口で中東諸国の政治と経済を論じるにあたり、現代という舞台はあまりふさわしくないのかもしれない。「西欧の衝撃(Western Impact)」として語られる西欧資本主義経済との接合、そして植民地化は、中東経済にとってグローバル化の衝撃であり、ショックの大きさは今日のそれとは比較にならないかもしれない。当時の西欧諸国による帝国主義的支配は、中東における国家機構と国際関係の基本的な部分を形作ったのであり、今日においても大きく変化したとは言えないほどである。それゆえ、19世紀後半から20世紀前半の中東におけるさまざまな出来事は、国際関係史の分野に興味深い研究材料を提起している。一方で、現在の中東地域を覆う経済のグローバル化と各国政府の対応は、それほど印象深くはないかもしれないが、比較政治学者や経済学者の関心を引いている。OPECが1986年に原油市場の価格統制力を失った頃から、中東諸国政府は公共投資や分配の機能を低下させていった。これと同時に累積債務の重圧と国際収支の悪化にみまわれた各国はIMFの融資を受けることとなる。チュニジア、モロッコ、エジプト、アルジェリア、ヨルダンといった国々は経済の自由化に向けて構造調整政策を採用し、政府部門の縮小と民間部門の振興を図った。エタティズム型の統制経済システムを作り上げていた共和制諸国、特にエジプトは輸入代替工業化政策を転換し、輸出主導型の経済構造に移行するため、「ワシントン・コンセンサス」と総称される諸政策を取り入れた。中東に先んじて経済危機に直面したり、危機への対応として構造調整政策に着手した南米や東アジアの権威主義体制の中には、民主化移行を経験するケースが少なくなかった。そのため、国民に不人気となる経済自由化政策を実行する上で、権威主義体制と民主制のどちらが有利なのかという課題だけでなく、経済システムと政治体制の関連性もまた検討されるべき課題として浮上した。経済グローバル化の波を受け、経済危機までも経験した中東諸国の政府が、政策転換を図りながらも政治体制の基本的性格を維持しているメカニズムはいかなるものなのであろうか。南米やアジア諸国では経済自由化の圧力が政治の民主化を伴わざるを得ないものであったにもかかわらず、中東では同様の現象が見られなかったのはなぜなのだろうか。このパズルを解くため、本稿は次のように議論を展開する。第1節では、中東諸国が経験している経済的グローバル化の水準がいかほどのものか、他の地域のそれと比較する。次に中東の特殊性と言える石油の影響、すなわち「レンティア経済」を政治経済学的観点から論じていく。第2節ではグローバリゼーションがもたらす政治体制への影響を、数理モデルによって演繹的に考察する。そもそもグローバリゼーションと政治体制の関係は自明なものではない。両者の関連性と因果関係を経験的ではなく、理論面から明らかにするため、Acemoglu and Robinson(2006)によって開発された民主化移行の経済モデルを紹介し、「レンティア経済」をモデルに組み込んで仮説を導出する。第3節では、導出した仮説を計量分析によって実証し、仮説の妥当性を検討していきたい。最後に本稿の貢献と残された問題について触れ、総括する。
- 2008-07-31
著者
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