入眠時のslow eye movement(SEM) : 睡眠状態の指標としての可能性
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概要
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著者らは,容積脈波の慣れの研究において,入眠前の覚醒時に慣れを形成してまったく反応が起きないようにしておいても睡眠への移行に伴い反応が回復し始め,睡眠中には慣れが生起しにくいことをみてきた(広重他,1977;広重と永村,1979;広重,1981)。その際問題となったのは覚醒から睡眠への移行状態の判定方法であった。通常,この移行状態は入眠期と呼ばれ,脳波的睡眠段階の分類に従えば睡眠段階1が概ね対応づけられる。脳波的睡眠段階とは,本来刻々と変化している脳波像を一定区間(通常20秒ないし30秒)毎に分割し,その区間内で観察されるアルファ波,睡眠紡錐とK複合,あるいはデルタ波などの基礎律動の多少に応じて脳波像をパターン分類したものをいう。しかし,睡眠段階1はRechtscheffen & Kales (1968)の定義にもあるように,「2〜7c/s波の目立つ,比較的低電位でさまざまの周波数の混在する脳波」像であるため,他の睡眠段階のように特徴的な基礎律動を特定することは難しい。更に,覚醒から段階1への移行時は,覚醒時脳波の基礎律動であるアルファ波の出現が断片的となり,視察による段階判定がかなり困難な時期である。このような段階と段階の臨界点の判定には操作的方法を採用するのが通例である。例えば,APSS方式によれば,一定区間内のアルファ波の占める割合が50%未満となったときを段階1と判定する。しかしし覚醒時にアルファ波が少ししかみられない人や,まったくアルファ波を示さない人には,この判定基準はあまり有効でない。これに関連して,脳波のスペクトル構造の時間的変動から入眠期の脳波像の特徴を記述する試みがある(堀,1979)。睡眠時脳波のスペクトル分析については,脳波が非定常であるために最適なサンプル長の決め方がきわめて難しい問題として残されており(永村,1974),入眠時のように不安定な脳波像を対象とする場合は慎重でなければならないであろう。睡眠段階が脳波の基礎律動に注目したパターン分類であることは上述した通りであるが,この睡眠段階の判定には眼球運動と筋電図が補助指標として通常用いられる。睡眠時の眼球運動はレム睡眠中の急速眼球運動(rapid eye movement: REM)とオーソ睡眠時の緩徐眼球運動(slow eye movement: SEM)とに区別されており(Aserinsky & Kleitman,1955),後者のSEMが段階1の時期にしばしば観察されることは多くの睡眠研究者が経験的に知りえているところである。また,段階1直前のアルファ波期から既にSEMの出現を認めた報告もある(Foulkes & Vogel,1965;堀,1979;大久保他,1983)。これらの経験的知識や研究報告から,SEMを入眠時の随伴現象とみなし,SEMの出現から入眠状態を逆に推測するという考え方がでてこよう。しかし,他方では,SEMの出現と段階1の一致は偶然にすぎず,単なる時間効果によるものであろうとする考え方もできる。現在のところ,この時間効果を否定する証拠はなく,またSEMそのものの消長過程に関する資料も乏しいなど,SEMを入眠時随伴現象とみなすに足る資料の蓄積は十分でないように思われる。本研究は,SEMが入眠状態の判定の指標として有効であるか否かを検討する予備実験であり,覚醒から睡眠に至る経過を脳波,眼球運動,心電図,呼吸曲線,脈波および主観的な眠気反応などのポリグラフにより連続記録し,主にSEMの消長過程と脳波的睡眠経過との対応を調べた。
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