アザミ属の分類学的研究XIV.ハチジョウアザミについて
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概要
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ハチジョウアザミCirsium hachijoense Nakaiは,花期に根生葉がなく,下部に大型でやや肉質の茎葉があり,大型の頭花を「点頭」ないし斜上してつけ,総苞は椀形〜鐘形で,染色体数2=4x=68で特徴付けられる(Fig. 1).標本調査と2004年に行った伊豆諸島八丈島での野外調査の結果,形態的形質についていくつかの知見が得られたのでここに報告する.アザミ属の分類においては花期に根生葉が生存するか否かが重要な特徴の一つである.この形質は,草原的な環境では花期に根生葉が生存し,林縁など他の植物に日光を遮られる環境では根生葉が枯れるというように,生育地についての好みと密接に関連しているからである.ハチジョウアザミは常緑樹林の林縁あるいは林内に生えるので,普通根生葉は花期に生存しない.しかし,道路や登山道際などのやや裸地的な環境ではしばしば根生葉が生存することが分かった(Fig. 1B).正宗(1974)は「頭花は盛花より果時にわたって直立し」と述べ,また図もそのように描かれている(正宗,1974, p.328,上図).しかし,この説明には若干の補足が必要である.集団レベルでの観察では,直立するものも見られたが,多くは「点頭」ないし斜上していた(Fig. 1).しかし,この「点頭」は日本産アザミ属の多くの種で見られる真の点頭とは異なり,基本的に直立する頭花がその重量のために傾いているように考えられる.斜上するか,点頭しているようにみえるかはそれぞれの頭花の重さによって決まるのだろう.Fig. 2は八丈島三原山末吉地区における,総苞片の集団内変異を示す.Fig. 2Aが総苞片が長くかつ開出する典型的な形で,著しく反曲するもの(Fig. 2C)や総苞片の先端が短く開出するもの(Fig. 2E)など,総苞片の伸長についてはかなり幅の広い変異が観察された.ハチジョウアザミのように,一集団でこのように幅の広い変異を示すアザミは知られていない.ハチジョウアザミの総苞の粘着性についてはこれまで言及されたことはなかった.しかし,集団内には狭披針形のやや発達する腺体が認められる形(Fig. 3A)が見出された.この個体では総苞がわずかに粘着する.最も普通に出現する形は倒披針形で痕跡的な腺体が総苞内片や中片に認められるものであった(Fig. 3B).総苞片が短い個体で腺体が発達する傾向が認められた.ハチジョウアザミの最も著しい特徴はその葉の形質にある.すなわち,葉が肉質でトゲがあまり発達しないことである.葉の概形は普通卵形〜倒卵形であるが,ときに狭卵形になるものが出現する.こうした個体はイガアザミあるいはトネアザミと混同されたことがある.しかし,葉質とトゲの発達程度に注目するとハチジョウアザミの範疇に含まれることが分かる.以上の解析結果にもとづき,単型亜節ハチジョウアザミ亜節subsect. Izuinsulicola Kadotaをここに新設し,そこにハチジョウアザミを所属させた.ツクシアザミ亜節subsect. Megalophylla (Kitam.) Kitam. emend. Kadotaがこれに形態的に最も似ているが,ツクシアザミ亜節の種は頭花が明瞭に点頭し,葉が肉質ではなく,粗渋である点で異なっている.ハチジョウアザミは伊豆大島から八丈青ケ島にかけての伊豆諸島に広く分布する(Fig. 4).高橋(1971)は八丈鳥島を本種の産地として挙げているが,今回の調査では確認できなかった.伊豆諸島では内陸の山間地に本種が生育し,海岸にハマアザミやイガアザミが生育するというように明瞭な棲み分けが観察された.伊豆諸島に固有な植物はユキノシタ科のハチジョウショウマやゴマノハグサ科のハチジョウコゴメグサ,サトイモ科のハチジョウテンナンショウなどかなり数にのぼるが,いずれも近縁種が本州に分布している.これに対して,ハチジョウアザミに類縁関係があると考えられる種は,本州や小笠原諸島ばかりではなく,ユーラシア全体をみてもこれまでに知られていない.
- 2006-03-27
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