日本産アザミ属(キク科)の分類学的研究IX.ヤツガタケアザミの実体について
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概要
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ヤツガタケアザミCirsium yatsugatakense Nakaiは『八ヶ岳』から得られた個体に基づいて1913年に記載された種である(Fig. 1).原記載ではナンブアザミとの比較が行われ,それに対して葉のトゲが長く,総苞片の先端が全てトゲで終わることで区別されるとされた.この時,著者の中井は和名を発表していないが,タイプ標本には彼自身の手書きで『オクヤマアザミ』と書かれている.Kitamura (1937)はC. yatsugatakenseをイガアザミC. comosum (Franch. & Sav.) Matsum.の変種として認識し,C. comosum (Franch. & Sav.) Matsum. var. yatsugatakense (Nakai) Kitam.という新組合せを発表し,和名をヤツガタケアザミとした.ヤツガタケアザミの分布域として,八ヶ岳のほかに,霧ヶ峰,日光・白根山,尾瀬沼,燧ヶ岳などを挙げた.現在ではC. comosumは広義のナンブアザミC. nipponicum (Maxim.) Makino群に含めて考えるのが普通で,ヤツガタケアザミの学名としてはC. nipponicum (Maxim.) Makino var. yatsugatakense (Nakai) Kitam. ex Ohwiが一般的に用いられ,八ヶ岳とその近傍に生育するアザミはヤツガタケアザミに当たると考えられてきた(例えば,大井・北川,新日本植物誌顕花篇改訂版,至文堂,1992など).Kadota(1991)は日本産アザミ属の分類学的研究の一環として,本州中部の高山性アザミを取り上げ,その中でヤツガタケアザミのタイプ標本を再検討した.その結果,1)総苞内片と中片には明瞭な腺体が認められること(Figs. 2-3), 2)キソアザミ,センジョウアザミなど他の高山性アザミとは異なり,小花の狭筒部が広筒部よりも短いこと,3)原記載では総苞片が『7列』と記載されているが,総苞片は5列からなるとするのが正しいこと(Figs. 2-3)を指摘した.詳細な野外調査と標本調査の結果,八ヶ岳とその周辺で『ヤツガタケアザミ』とされたきたアザミは,総苞片に全く腺体を欠き,総苞片が6-7列であるため,『C. yatsugatakense』の学名を当てることはできないことを明らかにした.また,頭花がより小さくかつ多数つき,総苞片が8-9列となる,ナンブアザミ群とも異なっている.このため,八ヶ岳周辺で『ヤツガタケアザミ』とされてきたアザミを独立種ヤツタカネアザミC. yastualpicola Kadota & Y. Amanoとして新たに記載した(Kadota, 1991).今回,国立科学博物館が実施した日本列島の自然史科学的総合研究に参加して,真のヤツガタケアザミの実体を把握することを目的として,長野県から福島県にかけての三国山脈を中心とした地域で野外調査を行った.調査の結果,この地域にはヤツガタケアザミのタイプ標本によく一致したアザミが主に高山帯に見いだされ,形態的には,頭花は点頭し,総苞は鐘形で,総苞片は5-6列からなり,総苞外片は斜上し,披針形ないし線形の腺体が総苞内片と中片に明瞭に認められるという特徴をもつことが明らかになった(Figs. 2-3).また,花冠の狭筒部が広筒部よりも短いという形質はこの種の特徴ではなく,個体変異とみなすべきことが分かった.これらの点にもとづいて,ヤツガタケアザミの再記載を行うとともに,本州中部の高山性アザミ(ノリクラアザミを含む)との異同を検索表のかたちで示した.ヤツガタケアザミは群馬・栃木・福島各県の県境に位置する三国山地を中心に分布する(Fig. 4),日本固有種である.ヤツガタケアザミは八ヶ岳とその周辺からこれまでに報告されていない.このため,標本のラベルに記された産地『八ヶ岳』は誤記の可能性が極めて高い.タイプ標本によく似た形のものは日光や尾瀬周辺に普通に見られ,ヤツガタケアザミという和名は現状に即していない.このため,本種の和名は,原著者のNakaiが用意したオクヤマアザミとすることを提案した.また,八ヶ岳を含む長野県中部で『ヤツガタケアザミ』とされてきたものはナンブアザミ群の未記載の分類群である可能性がある(Kadota, 1997b).
- 2002-12-25
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