蛇紋岩山地に特有の地形学的特徴の形成過程
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概要
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蛇紋岩で構成される山地・丘陵(以下,蛇紋岩山地と略称)は,その周囲の蛇紋岩以外の岩石で構成される山地・丘陵(以下,非蛇紋岩山地と略称)に比べて,大規模な蛇紋岩体(単体の分布面積>約10km^2)の場合には,一般に,1)高度が高く,2)斜面は緩傾斜で滑らかであり,3)尾根頂部は丸く,4)谷密度は低く,5)谷とガリーは浅く,6)クリープや浅い地すべりが多発しているが,7)露岩,落石,崩落および土石流は少ない,という特徴をもつ.ただし,小規模な蛇紋岩体(面積<10km^2)は,このような特徴を必ずしも有せず,周囲より相対的に低いことも多い.また,蛇紋岩体の周縁部では,深い谷に面する斜面に,深いすべり面をもつ大規模な地すべりが生じている.しかし,石灰岩山地,花崗岩山地あるいは堆積岩山地に比べて,蛇紋岩山地に対する地形学者の関心は,従来,きわめて低かった.そこで,日本の10地域の蛇紋岩山地とその周囲の非蛇紋岩山地について両者の相対高度比(R_r)を,また3地域の大規模な蛇紋岩山地について起伏量(R_h),1次谷の谷密度(D_1)および斜面傾斜(θ)の地形計測を行い,また地すべり地形の発達状態については北海道における既存データを整理して,上述のような蛇紋岩山地の特徴を定量的に示した.そのような蛇紋岩山地の特徴の形成過程を説明するために,蛇紋岩体の節理密度(J),シュミットロックハンマー反発硬度(R),非整形点載荷引張強度(S_t),間隙径分布(PSD),帯磁率(k)および透水性(K:透水係数,K_<20>;浸透能,I_c)の地表から深部への垂直的変化を,主として3ヶ所の大規模(比高60〜100m)な採石場(岩手県宮守,京都府大江山,高知県船越)で測定した.その結果,蛇紋岩体は,深部から地表へと重なる次の3帯に分布され,各帯の岩石物性の特性が上記の地形学的特徴の形成に重要な役割をもつことが分かった.1)新鮮帯(FZ):深度約20m以深にあり,塊状の岩相をもつ硬岩であるが,J(3〜10/m), R(40〜70%), S_t (2〜10MPa)およびK (10^<-7>〜10^<-4>cm/s)の,同一深度における変動幅が大きい.2)緩み帯(LZ):深度約5〜20mの範囲にあり,割れ目が多く,岩相は角礫状〜葉片状で,FZから不連続的に浅部ほどJ(4〜12/m)が増加し,R(10〜70%)およびS_t(0〜9MPa)は減少し,K (10^<-2>〜10^<-1>cm/s)は著しく増加するが,いずれの物性も同一深度における変動幅が大きい.PSDにおける各大きさの間隙容量はFZではほとんど変化しないが,LZでは浅部ほど増加する.3)風化帯(WZ):深度約5m以浅にあり,粘土質の塑性的な基質に岩片の散在する岩相を示し,節理はほとんど見られず,浅部になるほどR(0〜40%)およびS_t(0〜4MPa)は減少し,K(10^<-5>〜10^<-2>cm/s)はLZにおける値より不連続にかつ顕著に減少する.ただし,いずれの物性も同一深度における変動幅が大きい.kは,FZおよびLZでは同一深度での変動幅が大きく,垂直方向にほとんど変化しないが,WZでは浅部になるほど減少する.したがって,蛇紋岩山地においては,LZにおける著しく高い透水性が低い谷密度の原因ならびにLZの上面に谷底をもつ浅い谷の発生の原因となり,一方,WZのやや低い透水性と膨張性粘土を含む粘土質の基質がクリープと浅い地すべりの多発(一方で落石,崩落,土石流の稀な発生)ひいては緩傾斜で滑らかな斜面および丸い尾根頂部の形成の原因となっていると解される.大規模な蛇紋岩体は周囲の非蛇紋岩地域に比べて相対的に高い山地を形成しているが,その理由は蛇紋岩山地に深い谷が発達しないために,削剥速度が遅いためと解される.一方,小規模な蛇紋岩体では,厚い緩み帯が形成されず,主として風化帯の地すべりで山地の解体が進むため,周囲の非蛇紋岩地域より相対的に低くなると考えられる.蛇紋岩体には,地下深部での蛇紋岩化作用と浮力などに起因する上昇時の構造運動に伴って生じた強大な圧縮応力と剪断応力が結晶構造内部および岩体内部に潜在しているので,削剥に伴うそれらの潜在応力の解放によって,蛇紋岩は著しく膨張すると考えられている.ただし,人為的自由面の形成(トンネル掘削や開削)に伴う蛇紋岩の膨張は,塊状蛇紋岩(FZ)ではほとんど起らず(そのため,塊状蛇紋岩は建築材料になる),葉片状蛇紋岩(LZもしくはその岩相をもつ部分)および粘土質蛇紋岩(WZもしくはその岩相をもつ部分)で発生する,ことが多くの現場技術者の経験で知られている.したがって,厚い緩み帯の形成は本質的には蛇紋岩山地の削剥に伴う潜在応力の解放による蛇紋岩体の膨張に起因すると解される.一方,花崗岩のシーティング節理の間隔や片麻岩の節理は概ね連続的に深部に至るほど増加し,また堆積岩の風化帯では緩み帯と言えるほどの節理間隔の急増帯は知られていない.以上のことから,大規模な蛇紋岩山地に特有の地形学的特徴は,基本的には,削剥による潜在応力の解放に伴う高透水性の厚い緩み帯(LZ)の形成と膨張性粘土を多量に含む厚い風化帯(WZ)の形成に起因すると解した.ただし,小規模な蛇紋岩体の削剥過程については,今後の研究が切望される.
- 2006-10-25
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