地形過程における岩石制約 : 日本における研究史と展望(<特集>地形プロセスにおけるロックコントロール)
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概要
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地形過程における地形物質の役割は,W.M.Davis流の古典的地形学では,ProcessおよびStageと並ぶStructureという概念で説明されてきた.その場合のStructureは,岩種(岩質)と地質構造を指し,岩石物性(岩石の物理的,力学的,化学的性質)の測定値に基づく定量的な概念ではなかった.それに対して谷津栄寿は,1964年に地形過程における岩石制約(Rock control)という概念を最初に提唱し,1966年に岩石の性質については,地質構造や岩質を地質学における定性的用語で記述したのでは不可であって,岩石の物理的,力学的,化学的性質などの定量的性質によって評価すべきであり,岩石制約の問題は地形過程との関連において理解されるべきであると主張し,さらにその主張を1971年にLandform material scienceという概念に深化させた.本稿は,谷津の主張を背景として日本で行われた岩石物性の測定値に基づく地形研究を要約したものである.谷津の主張は,鈴木隆介らによる三浦半島荒崎海岸の波食棚における泥岩と凝灰岩の差別侵食の定量的研究で最初に実証された.すなわち,急傾斜で互層する両岩石の表面の比高は地形場(海面からの高度および深度)によって著しく異なり,その差別侵食は両岩石の力学的性質および乾湿風化特性の差異と(地形場によって異なる)地形過程との組み合わせに起因すると説明された.この説明は,両岩石の比高の高度的変化,岩石物性,風化特性,風化節理の高度的変化に関する野外および室内での測定値を論拠としているが,説明そのものは定性的であった.そこで,岩石物性の測定値を地形過程の定量的説明にどのように導入すべきかについて,鈴木隆介は地形学公式という概念を考え,地形量(Q)をそれの変化に関与する主要な4変数すなわち地形場(S),地形営力(A),地形物質(R)および時間(地形営力継続時間,t,または地質年代,T)の関数として記述しようとした.鈴木隆介・高橋健一は地形学公式の確立を目的とした室内実験によって,上記の4変数を含む風蝕速度に関する実験式およびそれの野外への適用を目指した風蝕速度式を提唱した.実在の地形量に関する地形学公式の確立を目的として,鈴木隆介は一次元の地形量として河川の側刻幅を扱い,上記の4変数を含む河川側刻速度式を岩木川について提唱し,それが日本の他の4河川にも適用されることを実証した.この研究に先だって,岩石海岸の後退速度(一次元の地形量)について砂村継夫が地形学公式を確立した.二次元の地形量については,鈴木隆介らによって秩父盆地における岩石段丘の段丘崖の減傾斜速度およびその縦断形の変化速度に関する上記の4変数を含む経験式が提唱された.三次元の地形量については,鈴木隆介らによって,丘陵の起伏形態および水系網特性が,丘陵構成岩石の岩種とは全く無関係であり,岩石の強度と透水係数の組み合わせで説明されることが実証された.しかし,三次元の地形量については,変数の数が多く,また時間(tまたはT)に関する資料が乏しいので,上記の4変数を含む地形学公式(Q-S-A-R-T系)の確立は困難である.したがって,個別的な地形量(Q)と3変数の系(例:Q-S-A-R系),2変数の系(例:Q-S-R系)あるいは1変数の系(例:Q-R)に関する次のような基礎的研究が重要になった.丘陵や山地の削剥過程における岩石物性の影響は,松倉公憲とその協力者によって斜面過程,地すべり,ケスタの形成過程などについて研究された.また,恩田裕一,田中幸哉などによって流域特性と岩石物性および流出特性との関係が水文地形学的観点で研究され始めた.岩石海岸については,砂村継夫とその協力者によって,岩石海岸縦断形の3種区分とその形成条件,海食洞の形成過程,海底摩耗侵食,などが定量的に説明された.氷河・周氷河過程における岩石制約については,主として松岡憲知によって室内・野外実験を含む研究が進められている.極微地形や超極微地形の削剥過程についての研究は,地形過程における岩石制約の意義を精細に議論できる点で有意義である.タフォニの形成過程・成長速度(松倉公憲,砂村継夫,田中幸哉,など),海上橋の石積み橋脚の削剥過程・速度(高橋健一ら)や不吉岩(hoodoo)の形成過程(田中幸哉ら)の研究がその例である.地形過程ごとに,それに関与する重要な岩石物性の種類は異なる.巨大エネルギーによる地形過程(例 : 阻石落下)では岩石物性の差異はほとんど無意味であるが,微小エネルギーによる地形過程(例:周氷河過程)や風化過程では岩石間の多種の物性の僅かな差異が重要である.地形過程における岩石制約の研究はいわば地形過程ごとに異なる重要な岩石物性を探求し,その役割を定量的に評価することである.しかし,実際には地形学公式で記述されるように,地形過程は岩石物性のみに強く制約されるわけではないから,複雑な地形過程(例 : 斜面発達過程)における岩石物性の定量的評価はまだ充分ではない.そこで,地形量(Q)や地形場(S)を含まない(地形学のための)基礎的研究も重要であり,次のような研究が進
- 2002-03-25
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