中国ムウス砂地の緑化植物の生態と水分生理に関する研究
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概要
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1.中国ムウス砂地の成因と自然環境について既往の文献をまとめた.ムウス砂地は気候的には砂漠地域に属さないが,人為的干渉の影響が強い砂漠化地域である.砂漠気候と草原気候の中間的な位置にあり,また第四紀地層に大量の砂質堆積物を蓄積しているため,潜在的に砂漠化の危険性の高い地域である.こうした条件のもとで主として環境に不適応で無理な農耕の導入によって砂漠化が進行した.現在の土地は景観的には波状高平原,移動砂丘地,固定砂丘地,湿性草地に分類され,それぞれ基盤の条件,水分条件,風成作用などによって特徴づけられる.そしてそれぞれの条件に応じて特徴ある生態系が成立している.それらの類型は固定的なものではなく,固定砂丘地,波状高平原は砂漠化によって移動砂丘地に移行する.とりわけ固定砂丘地は不安定で開墾によって容易に砂漠化してきた.一方,砂の移動量が少なくなった砂丘では,土地の遷移が始まり固定砂丘に移行する.2.湿性草地の防護林,砂丘の防砂林の主要な造林法であるハンリュウの大枝じかざし造林法についてその生育状況と立地の関係を調査した.植栽後1年目では湿性草地の方が生存率が高く,その後の生育の段階では多少乾燥した環境の方が生存率が高かった.全体の生育状況は地下水位からの距離が2m前後で最もよく,それ以上でもそれ以下でも生育が低下した.葉面コンダクタンスは地盤高が上がるほど低下し,乾燥した気象条件が続くとより低下した.地下水位の浅い領域では土壌の嫌気的環境が根の生育を阻害する.一方,砂丘上の個体は地下水からの水の供給がなく,乾燥しやすい状態にあると考えられる.ハンリュウの生育状況と地表植生とは密接な相関関係がみられ,地表植生は適地診断方法として有効なものと考えられた.3.湿性草地,砂丘の裾,砂丘上と土壌水分条件の異なる場所に生育するハンリュウについて形態的特性を調べた.草地上の個体は,根系分布は浅く,T/R率は大きかった.砂丘上の個体は,根系分布が深く,T/R率は小さかった.とりわけ葉量/細根量率は草地上の個体に比べ著しく小さかった.葉の形態は砂丘上でより肉厚で個葉面積が小さく,草地上で逆だった.気孔分布にも違いがみられ,葉の表側の気孔密度は砂丘上で有意に高かった.葉面積あたりの同化率は立地に関わらず同様と考えられた.本種における形態的可塑性はストレスに対する反応の一つの過程と考えられる.4.ハンリュウの葉面コンダクタンスの変化の説明要因について,ポット実験と野外生育個体の測定から検討した.葉面コンダクタンスの日変化は,非線形回帰分析の結果,光と大気飽差の二要因によってよく説明された.ポット実験の土壌水分の減少の過程を通して,通水抵抗の増加がみられた.第一段階では,日中の葉の水ポテンシャルのわずかな低下がみられた.第二段階では,日中の水ポテンシャルは一定で,葉面コンダクタンスと夜明け前の水ポテンシャルが低下した.第三段階では日中の水ポテンシャルも低下した.葉面コンダクタンスは土壌の強い乾燥領域で土壌水分量や夜明け前の水ポテンシャルの低下に従って低下した.野外測定では,葉面コンダクタンスは砂丘上で草地上の約1/2であった.夜明け前の水ポテンシャルは同様に高かったことから,砂丘上では気孔の形態や反応が水分の少ない土壌条件に順化し,ストレスに対する反応が異なったものと考えられる.5.湿性草地・砂丘の裾・砂丘上の土壌水分条件の異なる立地に植栽されたハンリュウ個体に,SPACモデルを適用し,水分動態を解析した.シミュレーションの結果は実測値とよく適合した.夜明け前の水ポテンシャルには,立地による違いはなかった.個体全体の通水抵抗は,土壌水分条件の違いを反映し,砂丘上で著しく大きく,草地で小さかった.しかし砂丘上では,根系分布が深く,葉量/細根量率が小さく,抵抗をより小さく補償していた.砂丘上では葉面コンダクタンスが小さく,蒸散フラックス密度の大きさは草地上,砂丘の裾,砂丘上の順であった.日中の水ポテンシャルは砂丘上でやや低かったが,砂丘上の細胞の浸透ポテンシャルは草地上より低いため,圧ポテンシャルは同様と推測された.このように,ハンリュウは個体・器官・組織・細胞のそれぞれのレベルで反応して,圧ポテンシャルを安定的に保つよう,水分動態を制御していると考えられた.6.ムウス砂地で最も分布が広い群落を形成し,最も重要な砂丘固定植物であるユウホウの群落動態を,砂丘の固定化過程と関連づけて解析した.また群落動態のメカニズムについて,主として水分生理学的視点より検討を行った.移動砂丘では植被率は大変低かったが,砂丘の固定化にしたがって植被率は増加した.一方,株サイズは移動砂丘で大きく,固定砂丘では小さかった.移動砂丘では個体群は弱齢個体によってのみ構成され,半固定砂丘では様々な年齢の個体がみられた.固定砂丘の齢構成は老齢化していた.移動砂丘では,実生は砂の移動が年10cm以下のところでのみ見られた.半固定砂丘では砂の侵食と堆積が小さくなっており,実生の成立に好適な条件であった.固定砂丘ではもはや砂の移動は全く起こらないため,散布された種子は地表面上に裸出し,種子や実生は乾燥ストレスを被りやすい.この状態では群落はもっぱら萠芽によってのみ維持されていた.砂丘が固定化し,風成の細粒分が増加するにしたがって,土壌水分の利用可能度は低下した.一方,蒸発散量は,植生の発達にともなって増加した.これは砂丘の固定化過程が進行するにつれて,土壌水分条件が悪化することを示し,固定砂丘地における群落の衰退の一因となっているものと考えられた.7.研究をまとめ,個別の問題点と今後の課題を示した.今回得られた知見に基づき,当地の緑化技術について検討した.またムウス砂地の持続的利用のための環境変化予測モデルの概念を示し,そのために必要な研究課題を提示した.
- 1994-03-25
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