日本の科学技術政策と高等教育政策
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概要
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1980年代中頃から急速に展開されている日本の高等教育改革問題は,いわゆる「戦後総決算」の最終段階の日本の支配層の戦略であり,直接的には大学改革問題として語られている。とくに大学教育のフレキシビリティの要求は,大学設置基準の大綱化と大学の自己点検・評価システム導入と結びつけられて,大学への競争原理の導入と研究・教育の効率化の要求とワンセットにされている。かかる高等教育改革問題は,他方で20世紀末大不況という資本主義の構造問題の解決策の一環として,1970年代以降の資本主義の成長様式の変化に対応して展開されてきた経済政策,産業政策,科学技術政策,労働力政策,社会政策,地域政策などの政策体系に組み込まれた教育政策の一環として提起されている。それゆえ,とりわけ科学技術政策と高等教育政策との連関を検証することが重要である。1970年代以降,戦後のアメリカ主導の世界経済秩序(Pax-Americana)が破綻し,国際協調体制の再構築(Pax-Consoltis)が行われる中で,資本主義の成長様式の変化と発展にとって科学技術の果たす重要性がますます高まってきた。とりわけ,国際通商体制の再編成,自由貿易体制への一層の推進が図られる中で,ODAなど国際援助体制と国際技術協力と連携してアメリカの要求に対応する国際協調的技術開発(symmetrical access)と共通基盤技術(generic technology)の開発とが重要課題となり,また新自由貿易体制のもとでの国際競争力向上のための対応として,科学技術基礎研究の抜本的強化とそのための科学技術研究体制の抜本的見直しが日本独占資本の要求となった。1985年の『科学技術政策大綱』における「技術立国」論は,以上の要求課題の基本イデオロギーである。かかる基本路線は,1980年代後半以降の政府・財界・自民党による「鉄の三角形」のパワーの中で一連の報告書に見ることができる。とくに1989年の経済企画庁の報告書に提起された「国際科学技術戦略の基本理念」とそれを具体化した1992年の科学技術会議による答申18号『新世紀に向けてとるべき科学技術の総合的基本方策について』とが重要である。この基本路線にもとづき,1992年に経団連,技術同友会,産業技術審議会,自民党により一連の提言がなされ,「テクノグローバリズム」の推進と高機能研究機関としての「センター・オブ・エクセレンス」(COE)の設置・拡大,そのための自民党による「学術・科学技術予算倍増五ケ年計画」が打ち出された。科学研究都市の創出,先端科学技術大学院大学の増設,研究機関・大学の選別育成によるCOEの設置などが科学技術リストラクチャリングの具体像である。かかる方向は,また資本主義の成長の行き詰まりを打開する「21世紀」戦略の一環として,「高齢化」・「情報化」・「国際化」・「地域化」などの資本主義社会の「高度化」という環境変化に対応して,その「持続的な安定成長」のマスタープランを描こうとする。1987年の『経済審議会経済構造調整特別部会報告』,いわゆる「新前川レポート」に始まる一連の臨時行政改革審議会の答申は,政治,経済,軍事,科学技術,教育,文化,産業,労働などあらゆる面で独占資本本位の「危機管理」の体制づくりの青写真を提示している。かかる文脈の中で,国家予算における技術開発費・経済協力費・防衛費の重点化が図られ,他方で社会保障,保育・教育,医療,福祉・高齢者対策,中小企業対策など国民の命と暮らしにかかわる行財政の全面的圧縮と「受益者負担原理」の押し付けが強行されてきた。とくに第三次行革審の諸答申では,「日米運命共同体」や「新自由主義」の路線のもとに,大学等の学術研究教育機関の総動員を図り,そのために政・財・官の連携によって大学等の学術研究教育機関の大規模なスクラップ・アンド・ビルドを進めて、市場開放に対する国際化対応、地球環境破壊への資本主義的対応、「情報化」や「地域化」に対する地域開発対応,「高齢化」や「少子化」への民間活力対応などへの「知識集約化」を推進しようとしている。かかる財界・政府・自民党によるシナリオは,日本の学術科学技術体制の改革プログラムのなかに具体的に表現されている。この意味で,経団連による1989年の『経済・産業構造の新たな展開に対応するための雇用・人材養成問題についての報告』や1992年の提言『西暦2000年に向けて労働力をどう確保してゆくか』は,経済・産業政策,労働力政策,雇用政策,教育政策など多岐にわたる分野を結合する政策提言である。この中で,「先端技術者育成トラスト」の創設や高度情報化に対応する情報処理教育の強化,「座学連携の成果」のさらなる追求,高等教育の目的拡大と理工系教育へのてこ入れなどが強調される。かかる政策提言の財政的裏付けを提供するのが自民党の「基礎研究基盤の整備と国際研究交流活動の強化に開する特別委員会」による『学術・科学技術予算倍増五ケ年計画』である。これは,科学技術政策や高等教育政策のみでなく,『緊急経済対策』やアメリカの対日要求に対応した西暦2001年までの10年間にわたる430兆円の膨大な公共投資の中に位置づけられ,資本主義の成長様式の転換にかかわる経済・産業政策の一環である。今日の高等教育政策の抜本的見直しと大学・研究機関改革問題とは,かかる資本主義の成長様式の転換の中に位置づけられ,資本主義の蓄積体制と調整様式の日本型をめざすものと見てよい。経済同友会による1990年の『これから求められる人材とその育成策』, 1991年の『「選択の教育」を目指して一転換期の教育改革一』,技術同友会による1991年の『「大学における人材養成・研究機能の強化」に間する提言』などに財界の政策方向が明瞭に見られる。冷戦構造の崩壊後,新世界秩序が模索される中で,「不透明な時代」に「新たな目標の模索・構築」のなしうる人材、「物質面だけでなく精神面の豊かさやゆとりを求め,自己実現」のできる人材,世界第二位の「経済大国日本への期待」を背負って世界的視点からリーダーシップを発揮できる人材が求められている。そのためには,「自己責任原則」に基づく「選択の教育」への転換,「画一的単線型教育システム」から「多元的・複線的教育体系」への転換,「多極分散型国土形成」を具体化する「大学のピラミッド型序列の見直し,地方有力大学の育成」が不可欠であるとされる。動脈硬化をきたしている大学・研究機関の抜本的体質改善とそのための競争原理の導入が必要というのである。しかし,「問題発見型の知性の育成に重点を置いた教育への転換」が誰のために必要とされているのか,が問題である。
- 1994-03-30
著者
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