カリマンタンで採集したシダ植物(3)
スポンサーリンク
概要
- 論文の詳細を見る
ここで,第1報からこの第3報までの分をまとめて述べてみたい。カリマンタン(インドネシア嶺ボルネオ)は植物相の研究が一番遅れている地域の一つである。ボルネオの植物はこれまで主としてマレーシア側(旧英領)で研究されてきた。地形その他の条件の複雑さの程度はマレーシア側の方がはるかに上だから,植物の多様さもマレーシアの方が大きいことは充分想像できることではあるが,ボルネオという対象の巨大さからみても,カリマンタン側が調査不充分なままでこの島の植物を云々することは難かしい。また,数年前から,カリマンタンの森林資源は急速に搬出されており,それまでほとんど手つかずで原始林のまま放置されていたこの地域の森林には大きく人為が加えられている。低地のフタバガキ林などはその原始の姿がもう二度と見られなくなるのではないかと危惧されている程である。1978年から79年にかけての約3ケ月,京都大学から調査に赴いた著者らの報告は本誌31巻(1980)に登載されているし,旅行の記録などは,同じ号の自然史研究会講演集録VIIIに登載されている。その調査の際に採集したシダ植物の記録が,3回に分載したこの報告書である。カリマンタンとはいっても,東カリマンタン州の数個所と南カリマンタン州のただ1個所で調査を行っただけだから,この記録でカリマンタンのシダについて云々することは難かしいが,それにしても,カリマンタンからはどんな程度にでもまとまった形でシダについての報告が出たことがないので,これによって一般的な概念をもつことは全く見当外れともいえないだろう。ただし,今回の調査が,急速に変貌を遂げつつある低地を主としたものであったため,採集された種数もそれほど多くはなかった。引き続き,もう少し高いところを含めて,更に詳しい調査を続行する予定であるので,それらの成果もふまえて今回の結果をより完全なものにしていきたい。この記録で107属386種を列記したが,種まで同定できなかったものも多い。これらのうちには,その属について根本的な再検討を要するものが多く,特にタキミシダ属,チャセンシダ属,ナナバケシダ群,ヘラシダ属,イワヒバ属などはボルネオのものを中心にマレーシアの種の見直しが必要で,それなしに同定するのは全く仮の作業といわざるを得ない。同定されたものの約半数が,東南アジアの低地に普遍的に分布しているものである。屋久島以北の日本にまで分布域を拡げているものも30種近くある。これは東南アジアの低地で調査すればどこでも同じような結果が出るものであり,特に伐採後放置されているようなところでは出逢う種はごく限られたものだけになってしまう。更に,これまでカリマンタンで採集された標本がボゴールの生物研究所ハーバリウムなどに所蔵されているが,それらもほとんどが低地のものだから,今回私共が採集したものと同じものであることが多い。これまで僅かずつ報告されてきた植物にカリマンタンに固有というものが多いし,一方キナバル山に固有とされている植物も多い。今回の私共の調査では,1000mを越えて登ったのは南カリマンタンのブサール山だけだったので,ボルネオの山地性シダについては詳しい観察はできていないが,この山からだけでもキナバル山と共通のものがいくつか見つかっている。ボルネオの中央部の山岳地帯を調査することによって,キナバル山の植物地理学上の特異性は薄れるだろうという予想を確かめる例の1つということができる。しかし,これを確かめるためには,たとえ困難でも,ボルネオ中央部の山地を精査する必要があることはいうまでもない。今回の調査結果から摘要すべきことをいくつか拾い上げてみる。熱帯の低地の調査では,特殊な環境条件のところに特殊な種分化が見られることが多い。マングローヴや渓流沿い植物などはその例である。渓流沿い植物には,フモトシダ属の1新種を含めて,12種も記録した。これらはいずれも根茎の附着機能が強くなったり,葉柄の厚膜組織が増えて硬くなったり,羽片や裂片などの巾が狭くなったり,基部がくさび型になったり,また羽軸が小羽軸が鋭角につくようになったりというように,流れに抗するような一見して分かる適応的な形質が顕著にみられる。その他の,マングローヴや,ケランガと呼ばれる特殊な植生では,シダの種数が極限されてくるので目立った特徴はない。低地が主であったので,着生植物もそれほど多くはなかった。コケシノブ科やヒメウラボシ科が比較的少なかったのもそのためである。しかし,これらの科で,ブサール山だけで採集された種が多いことは,当然のことではあるが,着生シダが1000mより高いところで特に雲霧林の発達するところに多く生育していることを示している。この報告で3新種を記載した。コケシノブ科の1種はMacroglena属とオニホラゴケ属のつながりを示すもので,コケシノブ科の属のレベルの分類系を決
- 日本植物分類学会の論文
- 1981-06-15
著者
-
加藤 雅啓
Department Of Botany National Museum Of Nature And Science
-
岩槻 邦男
Department of Botany, Faculty of Science, Kyoto University
関連論文
- タイ国産シダ類新知見10
- タイ国産シダ類新知見9
- タイ国産シダ類新知見8
- タイ国産シダ類新知見7
- タイ国産シダ類新知見6
- タイ国産シダ類新知見5
- タイ国産シダ類新知見4
- タイ国産シダ類新知見3
- タイ国産シダ類新知見2
- タイ国産シダ類新知見1
- カリマンタンで採集したシダ植物(3)
- カリマンタンで採集したシダ植物(2)
- カリマンタンで採集したシダ植物(1)
- 京都大学ボルネオ探検隊採集のシダ植物4
- コウヤワラビ群における類縁
- アリサンハナワラビの分類上の位置
- 原始的陸上植物の進化--総説
- アジア産カワゴケソウ科の分布と生物地理(英文)
- 半着生植物Oleandra pistillarisにおける茎の形態と葉形成
- シノブ科の偽盾状鱗片の形態
- シケチシダ属の分類
- ハナヤスリ科の胞子嚢について
- ゼンマイ属の雑種
- 日本のカワゴケソウ科の分類
- ゼンマイ科の分布
- アンボン・セラム インドネシア-日本調査で採集されたシダ植物の分類学的研究12 : Coryphopteris属とPlesioneuron属
- ウチワゴケの変異について
- シノブ属の楯状でない鱗片について
- Rumohra adiantiformisの分類上の位置について