伊藤仁斎における「拡充」説の思想構造について : その教育思想としての特質
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概要
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本論文は、伊藤仁斎の「拡充説」の思想構造-彼にとって「拡充」とは、個人の内的な良心を多様な人倫関係に発揮していく道徳実践を意味したが-を明らかにすることを目的としている。その際、筆者が論点として設定したのは次の三つの問題である。すなわち、その第一は、彼が「拡充」の対象と考えたものは何であったのか、という問題である。仁斎は、人間がその内部にもつ道徳的素質を「性」と「心」とに分け、前者の性質を自然的・無意識的なものと、後者の性質を主体的・意識的なものと理解した。そして、彼は、「心」の根本にあるものが「四端の心」だとし、これを拡充することで、「性」もまた自ずと「拡充」されると説いた。第二は、彼が「拡充」の目的をどのように理解したのか、という問題である。これに関して、仁斎は、「四端の心」から「仁義礼智の徳」に至る拡充のプロセスとは、「我から人へ」と向かい、また、「身近な人間から疎遠な人間へ」と向かう人倫関係の拡充のプロセスでもあると主張した。つまり、仁斎の「拡充」とは人々の人倫関係を視座として説かれたものだったのである。第三は、仁斎「拡充」説を歴史的にどう評価するか、という問題である。彼のいう「拡充」は、朱子学の「復初」説に対抗する意図をもっていた。すなわち「復初」が学びの対象を人間の内側に求めたのに対し、「拡充」とは学びにおける内在的契機と外在的契機を統一することを意図した。この主張は、仁斎以後の代表的儒者である、荻生徂徠が学びの対象を徹底的に外在化し、「習熟」を説いたのとも全く異なる独自性をもっていた。
- 日本教育学会の論文
- 2000-09-30
著者
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