企業と人間 : 構造的関わり
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概要
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社会と人間の関わりには必ず制度の媒介があり,社会の構造的特質も制度を伝わって人々に降りていく。どの制度が構造的特質を最も良く伝えるかはケース・バイ・ケースで外在的に予断してしまうことはできないが,構造的特質を代表する制度にどのような客観的可能陛が用意されているかは確認できる。そこで,企業による媒介を取り上げる。企業は社会にとっては構造的特質を体現する制度であるばかりでなく,大半の人にとっては生計の糧の元を提供する殆ど唯一の制度である。企業と人間は,今の社会の仕組みのもとでは,生産活動における賃金労働のやりとりをめぐって結びつくが,その現実は企業による労働者の組み込みである。企業に雇われない限り人々は賃金労働者にもなれず,結びつきの振り子は最初から大きく企業の側に傾いている。実態的に見れば,企業と人間の結びつきは決して平等ではなく,企業の都合次第なのである。だがこの事実は,〈豊かさ〉の中で必ずしも充分に問題にされてきていない。企業と人間の結びつきが問題視されてこない今一つの理由は結びつき方そのものにある。我々は企業との結びつきを語るが,その実態は制度としての企業が抱える役割構造の内の一つの役割を取得しているに過ぎない。しかも殆どの場合は,権限階層の下位の末端的な役割である。そのような場合,これを取得し遂行していく労働者にとっては全身・全霊を挙げて取り組まなければならないものであっても,制度全体から見れば容易に代替の効くマイナーなものであることが多い。そこでは,全力を尽くさなければならない割には制度そのものには手が届かず,全体を見渡すことすら出来ないのである。つまり,企業との制度的結びつきは,実は極めて曖昧な,不安定なものでしかない。しかもそれがその人の社会構造的位置の基礎になっているのである。現代人は,思いの外に自らの制度的基盤を脆弱化させてきていると言わなければならない。脆弱な基盤で,頼りなげに企業に結びついている労働者にとって,それは必ずしも明快に社会の在り方を感じ取らせてくるものではない。むしろ,何とはなしに企業にしがみついていれば標準的な社会の〈豊かさ〉は享受できるとして,無自覚的な企業への依存の姿勢を育んでしまっている。企業への依存は,当然,それを核とする社会の構造的仕組みへの依存にもなる。だが,社会の構造的仕組みへの無自覚的依存は社会と人間の関わりにとって健全な姿ではない。むしろ今の企業との結びつきの中にこそ,現代社会を管理社会的状況に追い込んでいく構造的疎外の現れが萌芽的に見出されるのである。企業が,現代における社会と人間を媒介する最大の制度であることは間違いないが,それはまた,現代における社会構造的問題性の最大の媒介にもなっている。我々はこの現実に気付かなければならない。
- 慶應義塾大学の論文