北海道の高山植生に関する地植物学的研究
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概要
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第I章序論 独立性が高く,厳しい生育条件下にある高山植生の成立を解明するには,個々の植分の立地環境との関係,あるいは地史的背景との関係を示す具体的な植生資料に基づき,植物群落ごとの分布型組成を分析する地植物学的研究が必要である。高山植物相の植物地理学的研究では,植物種と生育地環境の関係までは明らかにされず,他方,高山植生の植生生態学的研究における植物種の扱いは,主要な群落構成種に重点が置かれ,植物種すべてが対象とされていない。したがって,これらの研究では,何故,その分布型を示す高山植物種がその山系に存在するのか,明らかにされてこなかった。高山植物相と高山植生の両者を対象とする地植物学的研究は,その問題をより詳細により包括的に追究できる研究であるが,日本では本州において例があるだけであり,北海道では行われていない。北海道の高山植物相と高山植生に関する従来の研究は,それぞれ別個に,一部の山系あるいは山系内の限られた山岳のみを対象に行われてきた。筆者は,北海道の高山植物相と高山植生に関して広範に数多くの地点から得てきた資料について,1971年から1995年まで25年間にわたって順次発表してきた。本論文では,これらの報告をもとに,今まで研究例のなかった高山植物相と高山植生の両方を対象にしてそれぞれの分析を行い,それらの結果と方法を相互に検証,考察することにした。その上で,植物相と植生の分析を一体化した総合的な方法,すなわち地植物学的研究によって,北海道の高山植生の成立を明らかにすることにした。第II章北海道の高山植物相 本章では,北海道の高山植物相に関する分布型組成分析により,まず実際の分布高度(標高)を考慮せずに,日本全体に対する北海道全体の高山植物相の分布型組成の特徴を明らかにした。北海道では,日本全体と比較して東アジア要素や純日本固有要素など南方系の高山植物の割合が減少し,周極要素など北方系の高山植物が相対的に増加する特徴が明らかになった。本論文で初めて明らかにした北海道の標高増加に伴う分布型組成の変化は,本州から北海道への水平的変化と全く同様な内容を示した。次に高山植物を森林限界以上に生育する植物と定義して,大雪,日高,知床および夕張の北海道主要4山系における高山植物目録を作成した。そこには,今回新たに修正した高山植物の分布型を明記し,山系とそれらの地域区分における植物種の分布を明らかにした。それに基づいて4山系・13地域ごとの高山植物相に関する分布型組成を分析した結果,山系間および地域間において周極要素と太平洋要素の組み合わせ(北方系)とアジア要素と純日本固有要素の組み合わせ(主として南方系)の拮抗が認められ,それが主に標高と地形によって特徴づけられる山系・地域の環境複合と対応することが指摘された。第III章分布上重要な植物種とその生物地理学的意味 本章では,北海道において筆者が明らかにした分布上重要な高山植物種について記述した。筆者が低標高の石灰岩地から発見したキタダケソウ属植物は,キリギシソウとして分類学的に新記載した。日本近隣のキタダケソウ属植物について,花弁の長さ・幅比や凹頭花弁の割合など新たに重視すべき形質を明らかにし,分類学的に再検討した。また,筆者が大雪山の高山湿原から発見したスゲ属植物は,分類学的に検討した結果,日本新産のコヌマスゲであることを明らかにした。キリギシソウを含むキタダケソウ属植物の分布は,寒帯には近縁種がなく温帯の高山や低標高の特殊岩地に隔離遺存しており,遺存固有の例として知られる。その隔離遺存的分布は,低標高地では特殊岩と結び付くことを指摘した。他方,コヌマスゲは,北半球の寒帯に広く分布し,温帯の高山には隔離的に分布する典型的な高山植物である。大雪山への隔離分布は,局所的に持続しているツンドラと類似した寒冷湿潤な生育地環境が関与していることを明らかにした。さらに,北海道で新産となる高山植物14種について,それらの分布の特徴をまとめた。東アジア要素,純日本固有要素など,主に北海道より南方に分布する植物は,キリギシソウの分布に似て,その生育地が特殊岩地である例が多いこと,反対に周極要素など,主に北海道より北方に分布する植物は,コヌマスゲと同様な局所的な気候条件に支配される分布の特徴を示すことを指摘した。第IV章大雪山系の高山植生 大雪山系において確認した38の高山植物群落について記述し,種組成と立地環境との関連を明らかにした。そのうち,16群落は,多くが火山荒原,雪田荒原および持続的湿性の雪田に成立するが,筆者が初めて報告したものである。群落集団については,山系全体では風衝地群落と雪田群落が発達する特徴を明らかにした。5地域の群落集団は地域ごとに異なり,その原因が主として標高と地形による環境複合の差異によることを明らかにした。
- 広島大学の論文
- 1997-12-28
著者
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