軽度認知障害を有する高齢者に対する運動介入によるTimed Up & Go Testの向上には認知機能が影響する
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概要
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【はじめに、目的】 軽度認知障害(mild cognitive impairment; MCI)は記憶機能や注意、遂行機能の低下を特徴とし、アルツハイマー病の前段階として位置づけられる。MCIを有する高齢者に対する運動介入により、認知機能が向上することが明らかになりつつあり、我々は自験例においても複合的運動プログラムによる一定の認知機能向上を認めた。また、MCIを有する高齢者における移動能力の低下やそれに伴う活動量の低下は、アルツハイマー病へ移行する危険因子とされており、早期の予防的介入が重要と考えられる。MCIを有する高齢者において、複合的移動能力の評価指標であるTimed Up & Go Test (TUG)は転倒や認知機能との関連が指摘されている。このことから、MCIを有する高齢者において、運動介入によるTUGの向上、すなわちトレーニング効果に影響を与える要因を検証することは重要な視点となる。本研究の目的は、MCIを有する高齢者に対して6か月間の運動介入を行った際のTUGの向上と介入前における身体・認知的要因との関連性を明らかにすることである。【方法】 対象はPetersonの定義によりMCIと判定される高齢者44名(平均74.8歳)とした。重度の整形外科的、神経学的疾患、精神疾患を有する場合は除外した。歩行を中心とした有酸素運動、バランス練習などの複合的要素からなる運動介入を、1回90分、週2回、6か月間行った。評価指標は、複合的移動能力としてTUG、運動機能として膝伸展筋力、一般認知機能評価としてMini–Mental State Examination (MMSE)、遂行機能評価としてTrail Making Test part B, 心理機能評価としてGeriatric Depression Scaleを測定した。移動能力向上の指標として、介入の前後におけるTUGの変化率を算出した。その他の項目は、TUGの変化率との関連性を検討するため、介入前の値を使用した。また、介入期間中における出席率を算出した。統計処理は、介入前後におけるTUGを対応のあるt検定によって比較した。また、Pearsonの相関係数を用いてTUGの変化率と介入前における各測定項目および出席率との関連性を検討した。さらに、TUGの変化率を従属変数に、介入前における各測定項目および出席率、年齢、性別を独立変数とした重回帰分析(ステップワイズ法)を行った。有意水準は5%とした。【倫理的配慮、説明と同意】 対象者には本研究の主旨および目的を口頭と書面にて説明し、同意を得た。実施主体施設の倫理・利益相反委員会の承認を受けて実施した。【結果】 TUGは、介入前(8.6 ± 1.9 s)に比較して介入後(7.6 ± 2.1s)で有意に改善していた(p < 0.001)。TUGの変化率と有意な相関関係が認められたのは、MMSE (r = -0.321, p = 0.034)と出席率 (r = -0.354, p= 0.027)のみであり、年齢、膝伸展筋力、Trail Making Test part B, Geriatric Depression Scaleには有意な相関関係は認められなかった。重回帰分析の結果、TUGの変化率と関連する有意な因子として抽出されたのは、MMSE (β = -0.295, p= 0.041)と出席率(β = -0.322, p= 0.026)であり、決定係数は0.24であった。出席率は平均88.2%、MMSEは平均26.9点であった。【考察】 本研究の結果より、運動介入によるTUGの向上に対して、年齢や筋力ではなく、MMSEと出席率が独立して関連していた。すなわち、介入前における一般認知機能が高いほど、また運動介入への出席率が高いほど、TUGが向上しやすいことが明らかになった。MCIを有する高齢者において一般認知機能低下している場合に、運動介入による効果が得られにくい要因として、トレーニングの正しい方法の習得や記憶が困難であるなどの認知的な阻害因子が考えられた。【理学療法学研究としての意義】 本研究の結果から、MCIを有する高齢者に対する運動介入により、認知機能だけでなく、移動能力が向上すること、さらにその効果には一般的に関係が深いと予想される運動機能よりも認知機能が関係することが示された。本研究は、MCIを有する高齢者の中でも、一般認知機能の低下した症例に対して、理解、記憶しやすいトレーニング法などを含む特異的な介入プログラムを開発していく必要性を示唆し、早期からの移動能力低下予防、ひいては認知症の発生予防を目的とした理学療法の発展に意義のある結果を含むものであると考える。
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公益社団法人 日本理学療法士協会 | 論文
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