投球時痛の有無における肩関節位置覚の検討
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概要
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【目的】 投球動作は非常に複雑な動作であり,投球者の肩には可動性と機能的安定性の繊細なバランスが必要となる.しかしこのバランスは崩れやすく,周囲組織のさまざまな損傷を引き起こすとされている.固有感覚は関節の安定性に重要な役割を果たしており,肩関節を構成する関節包や関節唇などには固有感覚に寄与するメカノレセプターが多数存在する.したがって投球障害によるこれらの損傷はメカノレセプターから中枢神経系への情報伝達量を減少させ,肩関節固有感覚の低下を引き起こすと考えられる.今回の研究では投球時痛の有無による肩関節位置覚および身体的特徴を比較検討することを目的とした.【方法】 対象は両肩関節に手術歴のない大学野球選手18名とし,過去6ヵ月間に肩関節に投球時痛を有した9名(以下有痛群)と投球時痛の無かった9名(以下無痛群)に群分けした. 対象にマーカーを貼付し,椅子座位にて検者が対象の上肢を下垂位から設定角度まで他動的に移動させ,5秒間保持して記憶させた後,対象にその角度を3回再現させた.マーカー貼付位置は両側の肩峰,上腕骨外側上顆,肘頭,尺骨茎状突起,大転子とし,設定角度は外転90°,ゼロポジション,2nd外旋30°・60°・90°とした.再現動作はハイスピードカメラにて撮影し,画像処理ソフトウェア(Image J)を用いて記録したマーカー位置から静止位置での再現角度と設定角度との絶対誤差を算出した.設定角度と再現角度の角度誤差は3回の平均値を採用した.視覚情報を遮断するため,測定は対象にアイマスクをさせた状態で行った. また,対象の身体的特徴として両肩の関節可動域および筋力を測定した.測定項目は,関節可動域が肩甲骨固定での外転(以下CAT),肩甲骨固定での水平内転(以下HFT),2nd外旋,2nd内旋とし,筋力が外転,外旋,内旋とした.筋力はハンドヘルドダイナモメーター(マイクロFET2)を用いて等尺性最大筋力を3回測定し,2回目と3回目の平均値を採用した.可動域・筋力測定はすべて同一検者が実施した.統計学的解析にはStudent's t-testを用い,有意水準5%未満とした.【倫理的配慮、説明と同意】 対象には本研究について十分な説明を行い,書面にて同意を得た.なお,本研究は広島大学大学院保健学研究科心身機能生活制御科学講座倫理委員会の承認を得て行った.【結果】 有痛群ではすべての外旋方向において,投球側の角度誤差が非投球側より有意に大きかった.それぞれの角度誤差は,外転90°(投球側,非投球側:2.4±1.5°,1.7±0.9°),ゼロポジション(4.9±2.3°,4.1±2.1°),外旋30°(11.5±9.5°,5.8±4.1°),外旋60°(8.7±6.1°,3.6±2.3°),外旋90°(11.0±6.1°,3.0±1.0°)であった.一方無痛群では,すべての設定角度において角度誤差に有意差はみられなかった.それぞれの角度誤差は,外転90°(2.8±2.1°,2.4±1.4°),ゼロポジション(4.0±1.8°,4.5±1.9°),外旋30°(5.8±3.4°,5.2±2.0°),外旋60°(3.7±2.5°,4.4±2.6°),外旋90°(5.1±3.3°,5.3±3.9°)であった.また投球側の外旋60°・90°において,有痛群の角度誤差が無痛群に比べ有意に大きかった. 身体的特徴においては,有痛群・無痛群ともに投球側のCAT,HFT,2nd外旋可動域が非投球側と比べて有意に大きく,2nd内旋可動域が有意に小さかった.両群の投球側間,非投球側間において関節可動域に有意差はみられなかった.また筋力においては両群ともに有意差はみられなかった.【考察】 今回の研究では身体的特徴において有痛群と無痛群の間に差はみられなかったが,有痛群投球側の外旋方向における角度誤差が無痛群より有意に大きかった.これは肩関節周囲組織の損傷により固有感覚が低下したものと考えられる.関節位置覚の低下は投球中の身体位置の誤認を招き,外旋角度がピークに達するlate cocking期に肩甲上腕関節の過度の外旋を引き起こす可能性がある.そして過度の外旋の結果,関節包や関節唇がさらに損傷し,障害の悪化を助長する危険性が考えられる.今回の結果から,投球障害肩において肩関節の固有感覚トレーニングの必要性が示唆された.【理学療法学研究としての意義】 投球障害における肩関節固有感覚についての研究はほとんどない.今回の結果により,肩関節固有感覚の評価は投球障害肩に対する評価・治療の一助となると考えられる.
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公益社団法人 日本理学療法士協会 | 論文
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