慢性期片麻痺における立ち上がり能力の検討:─公共交通機関の利用自立の判定指標─
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概要
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【はじめに、目的】 当指定障害者支援施設は、自立支援法の基、理学療法士が積極的に関わりながら就労支援をしている。就業条件の一つとして、公共交通機関利用を含む通勤の自立が必要となり、その能力を有しているかを見極める指標が求められている。臨床において、公共交通機関の利用が自立している片麻痺者は、低い台からの立ち上がりが可能であることを度々経験する。評価時に立ち上がり能力を測定することで潜在能力が推測されれば、現在の移動形態との比較により、プログラムの変更や的確な目標設定が可能となる。そこで本研究では立ち上がり可能な最小の台の高さが公共交通機関の利用自立の判定指標になるのかを検討した。【方法】 対象は当施設の入所、通所の脳卒中片麻痺者32名とした。内訳は右片麻痺19名、左片麻痺13名、発症からの期間は705.5±535.02日、年齢は42.7±13.44歳、性別は男性28名、女性4名。全員上肢支持なしで静的立位保持は可能であった。歩行自立度は、屋内監視7名、屋内自立7名、屋外平坦路自立1名、公共交通機関利用自立17名であった。なお、検査測定の施行に支障をきたすような重篤な高次脳機能障害や骨関節疾患を有する者は除外した。立ち上がりに関しては台の高さは25mmごとに調整可能なものを用意し、上肢支持なしで立ち上がり可能な最小の台の高さ(以下、座面高)を測定することとした。条件として、常用している下肢装具は装着し、練習は3回以内とした。また、立ち上がり後に足の踏み替えがある場合は不可能と判定した。測定値は統計的に処理した。測定値から感度、特異度を算出し、自立・非自立を最適に分類するカットオフ値を求めた。【倫理的配慮、説明と同意】 対象者には口頭にて趣旨を説明し、同意を得た後、測定を実施した。【結果】 座面高の平均は公共交通機関利用自立136.8±54.57mm、非自立325.0±107.59mmであった。詳細は自立群:100mm 9名、125mm 1名、150mm 4名、200mm 2名、300mm 1名、非自立群:125mm 1名、225mm 4名、250mm 1名、325mm 1名、350mm 1名、375mm 3名、400mm 1名、425mm 1名、475mm 1名、500mm 1名であった。座面高の公共交通機関利用自立のカットオフ値は200mm(感度94.1%、特異度93.3%)となった。【考察】 座面高の測定は公共交通機関の利用自立の判定指標として、有用性があることが示唆された。立ち上がり能力が公共交通機関利用自立に関与する理由として、歩行能力との関連性が考えられる。立ち上がりの構成要素には以下の点がある。1.関節可動域や筋力などの身体機能、2.重心の制御、3.麻痺側荷重能力、4.非麻痺側での代償機能、5.下肢および体幹の協調性、6.感覚情報の統合と情報に対する適応能力。これらは歩行能力を構成する要素と重なる点が多い。立ち上がり能力が評価指標となれば、評価のための時間をとる必要はなく、訓練を評価として使用できる。また、限られた時間や場所でも活用できる。さらに判定基準が明確なため、検者による差も生じにくいと考えられる。対象者にとっても日常生活における動作のため、理解しやすい。一方、公共交通機関利用自立の阻害因子を検討するには、構成要素のどこに問題があるのか、立ち上がり動作だけでは把握しづらいため、詳細な評価が必要となる。すなわち、座面高の測定は、スクリーニングテストとしての有用性が示唆される。したがって本研究の結果から、評価時に立ち上がり能力を測定することにより、公共交通機関利用自立の能力を有しているかを見極め、目標設定の一助となるように臨床で活用していきたい。しかし、カットオフ値200mmの感度は94.1%のため、公共交通機関の利用自立可能な能力を全て見極められるわけではないことに注意を払う必要がある。また本研究は公共交通機関利用自立における身体能力としての指標であり、実際には高次脳機能が大きく関わるため、高次脳機能を含めた判定指標の開発が今後必要とされる。【理学療法学研究としての意義】 本研究では、立ち上がり可能な最小の台の高さを測定することで、公共交通機関利用自立の判定指標の一つとなり得ることが示唆された。
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公益社団法人 日本理学療法士協会 | 論文
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