高齢者では頭部回旋は内乱刺激となってバランスを崩しやすい
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概要
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【はじめに、目的】 高齢者の転倒に関する受傷機転についての調査では、骨折を伴う転倒は直進歩行の時よりも振り返り動作や方向転換時に多いと報告されている。さらに、実際に頭部を左右に回旋させる課題を高齢者が行うと、若年者に比べ足圧中心の動揺が大きくなるという報告もある。また、感覚入力に着目したバランス検査法のSensory Organization Test では、頭部を左右に回旋させる条件を加えたHead Shake Sensory Organization Testで従来の方法よりも加齢の影響を検出しやすいとされている。しかし、頭部回旋を行った際に、加齢によって身体動揺が大きくなるのは、頭部回旋による三半規管への外乱刺激となったことが関係しているのか、それとも頭部を随意的に回旋させる随意運動が身体にとって内乱刺激となることが関係しているのかなどの機構は明らかにされていない。本研究では、実験的に頭部を随意的・他動的に回旋させた際の姿勢制御の反応を若年者と高齢者で比較し、高齢者の随意的・他動的頭部回旋が姿勢制御に与える影響を明らかとすることを目的とした。【方法】 対象は健常若年者22名(平均年齢22.4±2.1歳、男性13名)と健常高齢者22名(平均年齢72.6±5.8歳、男性12名)であった。測定機器は重心動揺計(アニマ社製)を用い、取り込み時間は50ミリ秒とした。評価指標は、軌跡長、面積、軌跡長を面積で除した単位面積軌跡長とした。被験者は、重心動揺計の上に開眼でロンベルグ肢位をとり、静止立位、随意的頭部回旋運動(以下、随意運動と略す)、他動的頭部回旋刺激(以下、他動刺激と略す)の3条件を行った。随意運動では、被験者は後方に円筒がついたヘッドギアを装着し、回旋が左右30°で止まるように設置し、また60Hzの音刺激に合わせて頭部を回旋するように教示した。他動刺激では、ステッピングモーターを動力とし、左右に30°の回旋を、角速度60 (rad/s) で暴露できる自作装置によって刺激を与えた。両条件とも、対象者には、頭部の動きに合わせて視線を左右に向けるように教示した。測定時間は、対象者の姿勢が安定してからの90秒とし、30秒後からの30秒間に頭部回旋を行い、課題の前後30秒間は静止を保持した。統計解析には、2元配置分散分析及び事後検定を用いた。【倫理的配慮、説明と同意】 所属施設生命倫理審査委員会の承認を得た上で行った。対象者には、個別に研究内容の説明を行い文書で同意を得た。【結果】 異なる日に頭部回旋刺激を与えた際の各指標の変動係数(再現性)は、総軌跡長9.6±7.8%、面積10.3±6.9%、単位面積軌跡長10.0±8.9%であった。若年者では、随意運動で他動刺激に比べ、面積に差がなく、軌跡長(随意:54.1±18.2 cm、他動:43.5±10.5 cm)および単位面積軌跡長 (随意:24.1±6.2 cm/cm2、他動:18.7±7.3 cm/cm2)は、有意に大きかった。一方、高齢者では、随意運動で他動刺激に比べ、軌跡長 (随意:89.3±28.5 cm、他動:74.2±33.4 cm)、および面積 (随意: 5.8±2.7 cm2、他動: 3.8±1.7 cm2)は有意に大きく、単位面積軌跡長 (随意:18.1±9.3 cm/cm2、他動:22.7±8.3 cm/cm2 )は有意に小さかった。頭部回旋直前、直後の比較については、若年者では、随意運動、他動刺激のどちらも直前と直後で面積に有意な差は認められなかった。高齢者では、随意運動でのみ、直後(1.8±0.52 cm2)で直前(0.96±0.46 cm2)と比べ有意に値が大きくなったが、他動刺激では直前と直後で有意な差は認められなかった。【考察】 単位面積軌跡長は、深部感覚系の姿勢制御の微細さを示し、値が大きいほど緻密な制御を行っていることを表す指標といわれている。若年者では、随意運動で他動刺激に比べ、姿勢を安定に保つため積極的な立ち直りが行われ緻密な制御が行われていたものと考えられる。一方、高齢者では、他動刺激への身体の反応は保たれているが、随意運動での微細な制御が不十分なために身体動揺が大きくなったものと考えられる。さらに、随意運動中に生じた動揺は、その直後の静止立位時でも残存し、適応の過程が遅延していることが明らかとなった。上記のことから、高齢者の頭部回旋刺激では、前庭感覚への外乱に対する反応の低下というよりも、随意運動における姿勢制御機能の低下によって、振り返り動作や方向転換時において転倒の危険性が高まる一要因となっている可能性が示唆された。【理学療法学研究としての意義】 高齢者および振り返り動作でバランス障害を有する対象者のための新たな検査法を作成するための基礎資料が得られ、転倒予防の評価や治療法への発展が期待できる。また、頭部回旋が姿勢制御に及ぼす影響の生理学的なメカニズム解明のための基礎資料となる。
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公益社団法人 日本理学療法士協会 | 論文
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