加齢変化が椅子からの立ち上がり動作に及ぼす影響
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概要
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【はじめに、目的】 椅子からの立ち上がり動作(Sit-to-Stand, 以下STS)は,支持基底面が殿部と足部によりつくられた広い面積から足部のみの狭い面積へ変化し,さらに身体重心が前上方に移動する動作である。高齢者は,量的に十分な下肢筋力がある者においてもSTSが困難なことがある。その一方で,下肢筋力が低下しているにも関わらずスムーズな立ち上がり動作が可能なことがある。このことは,筋活動の違いといった要因が関係する可能性が推測される。先行研究では,STSにおいて加齢変化が及ぼす関節モーメントの影響について研究はされているが,関節パワーに関する報告は少ない。関節パワーは,関節モーメントと関節の動きから筋の収縮様式を推定できる。そこで,本研究では若年者と高齢者におけるSTSにおける筋の収縮形態の違いを関節モーメントと関節パワーから明らかにすることを目的として行った。【方法】 被験者は,20歳代の若年者16名と日常生活活動が自立し上肢の力を利用せず立ち上がり動作が可能な65歳以上の高齢者16名(65歳~78歳)とした。計測肢位は,下腿長の1.2倍の高さの肘掛けと背もたれのない椅子に着席し,上肢を胸の前で組み,座縁は大腿長の中間位,下腿を鉛直位,両足部は裸足,足幅は自然配置とした。動作スピードは,被験者の快適なスピードとした。運動学的データは,赤外線カメラ8台を用いた三次元動作解析システムVicon MX(Vicon社製),運動力学的データは, 床反力計(AMTI社製)を用いて測定した。マーカーを被験者の左右の肩峰,上前腸骨棘,上後腸骨棘,大転子,大腿骨外側上顆,外果,内果,第1中足骨骨頭,第5中足骨骨頭,踵骨隆起,両側大腿側面,両側下腿側面の合計24箇所貼付した。得られたデータをBodybuilder(Vicon社製)を使用し下肢の関節モーメント・関節パワーを算出した。統計学的解析には,SPSS12.0J(エス・ピー・エス・エス社製)を使用し有意水準は5%未満とした。【倫理的配慮、説明と同意】 研究の実施に先立ち広島国際大学倫理委員会にて承認を得た。すべての被験者に研究の目的,趣旨を十分に説明し文章による同意を得たうえで実験を行った。【結果】 高齢者群は,椅子からの立ち上がり時の最大股関節伸展モーメントが大きいものと最大膝関節伸展モーメントが大きいものが混在していた。よって,最大股関節伸展モーメントと最大膝関節伸展モーメントを比較し,最大股関節伸展モーメントが大きかったものを股関節伸展モーメント優位群,最大膝関節伸展モーメントが大きかったものを膝関節伸展モーメント優位群とした。股関節最大伸展モーメントは,3群間において有意な差を認めなかった。膝関節伸展モーメント優位群の膝関節最大伸展モーメントは,股関節伸展モーメント優位群,若年者群と比べ大きかった(p<0.05)。股関節第1最大パワーは,3群間において有意な差を認めなかった。膝関節伸展モーメント優位群の股関節負の最大パワーは,若年者群と比較し有意に小さかった(p<0.01)。膝関節伸展モーメント優位群の股関節第2最大パワーは,股関節伸展モーメント優位群(p<0.05),若年者群(p<0.01)と比較し有意に小さかった。膝関節負の最大パワーは3群間において有意な差を認めなかった。膝関節伸展モーメント優位群の膝関節最大パワーは,股関節伸展モーメント優位群・若年者群と比較し大きかった(p<0.05)。【考察】 関節パワーは,関節モーメントの向きと角速度の向きが同じ場合は,プラスとなり求心性収縮,関節モーメントと角速度が逆の場合は,マイナスとなり遠心性収縮を示す。本研究の結果より,股関節最大伸展モーメント発揮時間と股関節負の最大パワー発揮時間は近似しており,股関節伸展モーメント3群間に有意な差がなかったということは,膝関節伸展モーメント優位群では若年者群と比較し股関節の屈曲角速度 (体幹の前傾速度) が遅いことが推測される。つまり,股関節屈曲の角速度の違いにより,立ち上がり動作に必要な股関節負の最大パワーが十分でないと示された。また,膝関節伸展モーメント,膝関節最大パワー,股関節第2パワーに有意な差があったことより,股関節伸展モーメント優位群と若年者群は,股関節伸展運動を主として身体重心を上方に移動させ立ち上がり動作を遂行しているが,膝関節伸展モーメント優位群は,股関節伸展運動よりもむしろ膝関節伸展運動を主として身体重心を上方に移動させ立ち上がり動作を遂行していることが示唆された。【理学療法学研究としての意義】 本研究の意義は,加齢変化によって高齢者の一部において股関節を軸としたSTSが困難となることを明らかにしたことである。本研究は,日常生活活動においてSTSが問題となる高齢者に対し股関節の機能向上を目指した運動療法が必要である可能性を示唆する。
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公益社団法人 日本理学療法士協会 | 論文
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