脊柱屈曲姿勢の持続後における立位体幹前屈運動の運動学的分析
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概要
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【はじめに、目的】 中腰姿勢で作業を行う労働者にとって,職業性腰痛は重要な問題である.脊柱屈曲姿勢は,上半身重量の大部分が後方の椎間関節包や靱帯等の非収縮性組織により他動的に支持され,腰痛を引き起こす原因となる代表的な姿勢である.一方,体幹前屈運動は腰部への急激なストレスを発生させるため,腰痛との関連性が指摘されている.労働者は一定の姿勢の持続や,その後の急激な運動を強いられることも多いと考えられるが,ある一定の姿勢の持続がその後の体幹運動に及ぼす影響について,詳細に記述されたものはほとんどない.そこで本研究では,持続的脊柱屈曲姿勢後の立位体幹前屈運動にどのような運動学的変化が生じるかを明らかにし,腰痛を引き起こす姿勢と運動との関連性を考える一助とすることを目的として行った.【方法】 被験者は脊椎に既往および障害を有さない健常若年男性18人(年齢23.2±0.9歳,身長173.8±5.7cm,体重63.0±4.5kg)であった.被験者は,椅子上で円背指数20に設定した座位を10分間持続する前と後にて,立位体幹前屈運動を行った(座位持続前を条件N,座位持続後を条件Fとする).立位体幹前屈運動は60beat/minに設定したメトロノームのテンポに合わせ,一拍分の時間で最大限まで行った.各条件での試行回数は2回とした.立位体幹前屈運動中の運動学データは赤外線反射マーカを身体各標点に貼付し,赤外線カメラ6台からなる三次元動作解析システムVicon MX(Vicon社製)を用いて計測した.得られたデータを基にBodyBuilder(Vicon社製)を使用して,前後方向と鉛直方向の上半身重心(以下,UCOM)座標の変化量を算出した.また,空間座標系および体幹,Th12,骨盤,両大腿の各セグメント座標系を作成し,空間座標系に対するセグメント角度(体幹前傾角度,骨盤前傾角度)および各セグメント間での相対角度(体幹/骨盤角度,Th12/骨盤角度,骨盤/大腿角度)の角度変化量と,角速度の平均値を算出した.統計学的解析には統計ソフトウェアSPSS Ver. 14.0 J for Windows(エス・ピー・エス・エス社製)を用いた.Shapiro-Wilk検定によりデータに正規性が認められた場合は対応のあるt検定を,認められなかった場合にはWilcoxonの符号付順位検定を行い,有意水準は5%未満とした.【倫理的配慮、説明と同意】 本研究はヘルシンキ宣言に沿った研究であり,研究の実施に先立ち,演者の所属する機関の倫理委員会の承認を得た.また,被験者に対して研究の意義,目的について十分に説明し,口頭および文書による同意を得た後に実施した.【結果】 運動所要時間,UCOM座標の前後方向と鉛直方向の変化量は,両条件間で有意な差は認められなかった.体幹/骨盤,Th12/骨盤角度変化量と角速度は,条件Fでは条件Nと比較して有意に大きく(p<0.05),骨盤/大腿角度変化量と角速度は,条件Fでは条件Nと比較して有意に小さかった(p<0.05).また,空間座標系に対する体幹前傾角度変化量と角速度は,両条件間で有意な差は認められなかったが,骨盤前傾角度変化量と角速度は,条件Fでは条件Nと比較して有意に小さかった(p<0.05).【考察】 運動所要時間やUCOM座標の変化量に両条件間で有意な差が認められなかったことから,脊柱屈曲姿勢の持続の前後において,体幹前屈運動は同時間内に同程度達成されたといえる.しかしながら,条件Fでは体幹/骨盤,Th12/骨盤角度変化量と角速度の増加,骨盤/大腿,骨盤前傾角度変化量と角速度の減少がそれぞれ生じており,体幹前屈運動達成のための戦略が変化したと考えられる.脊柱屈曲姿勢中には,脊柱後方の椎間関節包や靱帯等の非収縮性組織の張力により上半身重量の支持性が保たれる.そのため,脊柱後方の椎間関節包や靱帯等の非収縮性組織が伸張位となる.それらの組織の伸張性がその後一時的に増加したことが,条件Fでの体幹前屈運動時の腰椎骨盤リズムを変化させ,骨盤前傾運動に対し腰椎屈曲運動を増加させたと考えられる.このように,脊柱屈曲姿勢を持続した後では,体幹前屈運動に腰椎の運動が大きく寄与することにより,腰部に対するストレスが増加する可能性が考えられた.【理学療法学研究としての意義】 本研究は,持続的脊柱屈曲姿勢はその後の体幹前屈運動の腰椎骨盤リズムを変化させ,腰椎屈曲角度や角速度を増加させることを示したことに意義がある.これらは,職業性腰痛の予防や改善へと繋がる姿勢や運動戦略獲得のための理学療法を考える一助となると思われる.
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公益社団法人 日本理学療法士協会 | 論文
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