課題の配置方法により運動学習過程における注意需要の変化は異なるか
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概要
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【はじめに、目的】 理学療法の臨床では,理学療法士が患者に課題を与え,患者が課題を遂行することで動作の学習を図ることが多い。しかし,どの程度の難易度の課題を与えるかについての明確な基準は明らかとなっていない。Guadagnoliらによって提唱されたChallenge Point Frameworkでは,課題難易度を名目的課題難易度と機能的課題難易度とに区別しており,名目的課題難易度は課題固有の難易度を,機能的課題難易度は名目的課題難易度,学習者の技能レベル,練習条件を考慮した難易度を表している。運動学習における最適な機能的課題難易度は,課題遂行により生じる情報量と学習者の情報処理能が合致している難易度であるとされている。情報処理に必要な注意量は注意需要と呼ばれ,二重課題法を用いた研究により種々の活動との関連が報告されている。本研究では,機能的課題難易度を課題の注意需要として捉え,プローブ反応時間(Probe reaction time;以下PRT)を用いて測定することで,運動学習過程における注意需要の変化,練習条件による注意需要の差異を明らかにすることを目的とした。【方法】 研究協力者は健常成人14名(21.5±1.1歳,全て男性)とし,ランダム練習群とブロック練習群に無作為に7名ずつ振り分けた。実験は,プレテスト,3日間の練習期間,保持テストにより構成した。本研究では主課題と二次課題の2つの課題を設定し,協力者には2つの課題の同時遂行を求めた。主課題として歩幅学習課題を設定し,各協力者の快適速度に設定されたトレッドミル上において,3種類の歩幅で歩くことを学習させた。1試行は25秒間であり,1日に10試行で構成されるブロックを3ブロック練習した。ランダム練習群では3種類の歩幅をランダムな順序で練習させ,ブロック練習群では1種類ずつまとめて練習させた。協力者には1試行終える毎に,目標値と実際の歩幅との誤差が口頭にて与えられた。歩幅の計測には荷重スイッチシステム(DKH社製)を取り付けた実験用の運動靴を使用し,足底が床から離れている時間とトレッドミルの速度から歩幅を計算した。二次課題には音刺激に対し発声で反応するプローブ反応課題を設定し,音刺激から発声までをPRTとした。音刺激は1試行内に無作為なタイミングで5回挿入されており,協力者には音刺激に対して可能な限り素早く発声することを求めた。音刺激と発声を録音機に録音し,音声解析ソフトを使用することでPRTを求めた。統計解析にはIBM SPSS Statistics 19を使用し,各群の歩幅学習課題の成績とPRTを従属変数,練習条件と測定日を要因とした二元配置分散分析を行い,各測定日における群間の比較には独立したサンプルのt検定を用いた。危険率5%以下を統計学的有意とした。【倫理的配慮、説明と同意】 研究協力者には,事前に書面と口頭にて研究の目的と方法,研究上の不利益,プライバシー保護などについて説明を行った。尚,本研究は,我々が所属する施設の倫理委員会の承認を受けて実施した。【結果】 歩幅学習課題の結果として練習中の成績はランダム練習群よりもブロック練習群において有意に誤差が小さかったが,保持テストの成績では ランダム練習群の方が有意に誤差が小さかった。プローブ反応課題では ,運動技能が向上するにつれてPRTは減少した。またPRTは,練習1日目の測定では両練習群に有意差は認められなかったが, 2日目以降にブロック練習群よりもランダム練習群において有意に延長した。【考察】 本研究の結果から,練習条件によって運動学習の成果と課題の注意需要が異なることが示された。ランダム練習では毎回異なる課題を遂行することにより,一回毎に課題同士を比較・対比するといった精緻化,あるいは,運動プログラムの再構築処理が生じるため学習効果が高くなるとされている。本研究で示されたランダム練習群におけるPRTの延長は,精緻化や再構築処理といった課題間処理の増大に伴う認知的負荷の増大に起因すると考えられる。また,今回の結果は,練習による実行者の技能変化に応じて課題難易度が変化するという先行研究における知見を,PRTの手法を用いることによって裏付けたと言える。さらに,外見上のパフォーマンスがある一定以上の水準に達した後も,課題の注意需要は減少していくことが示唆された。【理学療法学研究としての意義】 運動学習の成果とPRTとの関係を検討していくことにより,運動学習に最適な課題難易度が明らかになる可能性がある。運動学習を促進する課題難易度が明らかとなれば,理学療法士が患者に課題を与える際の1つの基準に成り得ると考える。
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公益社団法人 日本理学療法士協会 | 論文
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