急性期、亜急性期入院患者における病棟歩行自立の判断基準についての検討
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概要
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【目的】 入院患者において移動手段の一つである歩行の自立は、入院中の生活機能や、退院後のQOLに関わる重要な因子である。歩行自立についての判断は様々な方法・指標が用いられているが、なかでもPodsiadloらの提唱するTimed Up and Go Test (以下TUG)は、脳卒中や整形疾患患者、地域高齢者に対し、歩行自立や転倒予測の指標として多く用いられている。またTUGは、歩行速度、膝伸展筋力、ADLなど、他の指標との相関も認められている。しかしながら、TUGの指標には若干のばらつきがみられ、環境の異なる各施設での使用にはさらなる検討を要する事を経験する。当院でも病棟歩行自立の判断は、これらの評価指標に加え、歩行動作の観察や他部門からの情報をもとに、理学療法士が判断する事が現状であった。そこで本研究では、当院入院患者に対しTUGを用いた運動機能評価を行い、病棟歩行自立の判断基準を検討するとともに、当院における有効な客観的数値を示す事を目的とした。【方法】 対象は2010年10月から2011年8月に理学療法を行った当院入院患者から、近位見守り以上の歩行が可能であり、口頭による検者の指示が理解できる46名とした。平均年齢は74.0歳±10.7(49-92歳)、男性16人、女性30人であった。疾患は大腿骨近位部骨折19名、腰椎疾患7名、脳梗塞5名、腰椎圧迫骨折4名、変形性股関節症、廃用症候群が各3名、骨盤骨折、頸椎疾患が各2名、膝疾患が1名であった。除外基準は、手術後10日以内の者や、術後の創部痛が残存する者、既往に下肢の手術歴がある者とした。測定項目はTUGを計測、病棟歩行自立群と非自立群との間でTUG計測値、年齢、性別割合を比較した。TUGは運動機能評価として原法に準じ快適速度にて3回行い、その平均を採用した。計測値は、病棟歩行自立と非自立を予測する為のカットオフ値を、Receiver Operating Characteristic Curve(以下ROC曲線)を用いて検討した。また、自立群内における年代比較(70歳未満と70歳以上)と性別間比較を行った。統計処理はt検定、Mann-WhitneyのU検定にて行い、有意水準5%とした。【説明と同意】 ヘルシンキ宣言に基づき、対象者全員に本研究の主旨を説明し、同意を得た。【結果】 TUG測定値は自立群14.0±3.4、非自立群27.1±12.1で有意差を認めた(p<0.01)。年齢も自立群71.7±8.3、非自立群75.6±12.6で有意差を認めた(p<0.05)。性別割合は自立、非自立群ともに男性:女性=8:15と同一であった。TUGカットオフ値はROC曲線より16.1秒(感度0.91、特異度0.87)と判断した。また、14.2秒以下であると全員病棟歩行自立、25.6秒以上だと全員非自立という結果になった。自立群内における、70歳未満と70歳以上の年代間と、性別間において有意差はみられなかった。【考察】 これまで当院では、歩行自立の判断は理学療法士による主観的評価に頼る事が多い現状があった。そこで本研究では、客観的指標であるTUGを当院入院患者にて計測し、歩行自立の判断基準を検討した。結果、自立群で有意に速く、カットオフ値16.1秒、また14.2秒以下は全員自立であった。先行研究では20秒以下でADLにおける移動課題が自立、屋外移動に十分な速度があるとするものや、地域高齢者の転倒境界値は10-12秒、他に転倒予測値13.5秒と示しており、当院での結果もほぼ近似する値となった。ただし、カットオフ値を含めた14.2秒-25.6秒の間には、病棟歩行自立、非自立群が混在しており、他の要因の影響が示唆される結果となった。また、年齢も非自立群で有意に高い結果となった。歩行機能の縦断的調査では、70代前半から歩行機能低下率が増大するといわれており、今回も加齢による差を認めたものと考えられる。一方、性差割合は自立、非自立群で同一、自立群内のTUG性差も有意差のない結果となった。TUGの性差については男性が有意に速いといわれているが、今回の結果は急性期から亜急性期の運動機能障害を抱える入院患者の歩行自立の判断には、性別は影響しないことが考えられた。以上より、当院における病棟歩行自立のTUG目標値は16.1秒、特に14.2秒以内であれば自立レベルであることが示唆された。また理学療法においては、加齢による運動機能低下に対しての対応を考慮する必要があると考えられた。疾患については今回同一でなく、今後疾患によるカットオフ値の差が生じてくる可能性があり、検討課題と考えている。【理学療法学研究としての意義】 本研究では当院急性期から亜急性期入院患者における歩行自立の判断基準を、運動機能評価の一つであるTUGを用いて行い、客観的数値を示した。今後、他の要因にも着目して研究を継続していく事で、臨床で歩行自立の可否判断を行う際に有益な情報になると考える。
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公益社団法人 日本理学療法士協会 | 論文
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